しゃおれんの旅日記

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城めぐり旅 その1 宇和島城

メキシコ旅行当日催行中止となり、
城めぐりに変更して選んだのは
HISで「ぐるーり気ままに瀬戸内ドライブ」という4日間で
フライトとホテル、レンタカー(乗り捨てOK)のプランでした。
前日のため直前の手配料が3000円ずつ上乗せされて一人55800円。
(行きのフライトに割増料金がかかってます)
ガイドブックも無く、土地勘もないままに
大体の記憶を元に空港とホテルを決めました。
ホテルも割増料金のかからないところを選んだのにどこもとても良かったので、
本当に大満足でした。
前日だったからオンライン予約は締め切られてて、担当者の方と電話でやりとりして、
最終行程表と飛行機の予約番号のメールが営業時間を過ぎても届かずハラハラしたけど
さすがの仕事ぶりで無事出発できました。
ご担当者の方、本当にありがとうございます。
 

 

宇和島城から城巡り旅スタート

 
 
 
朝4時15分の空港行バスで成田に着きジェットスター6時10分発松山空港7時50分着。
レンタカーで宇和島に向け出発。
松山城が山の上に見えるのを確認しながら、まず宇和島へ。
 
 
宇和島市に入ると丘の上に見えてくる天守閣。
宇和島城の登城口の前に駐車場があるのでそこに駐車。
 
まず目につくのが「宇和島伊達400年祭」の幟。
今年は、伊達政宗の長男伊達秀宗が大阪夏の冬の陣の恩賞として宇和島藩主になって400年だそうですよ。
(長男だけど正室の子ではなく、秀吉の一字をもらい人質として秀頼と一緒に育った秀宗は、
徳川時代になって仙台伊達藩を継げなかったそうです。諸説あるので、ざっくりですみません。
弟ながら、正室の子である忠宗は名前を見ても分かるように秀忠の一字をもらい徳川体制にしっかり入り、
政宗の跡をついで仙台伊達藩の2代目藩主となってます)
 
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さて、いよいよ登っていきます。
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けっこう急な石段に闘志がわきます。
城好きの特徴として、どうやって攻めるか(守るか)を考える派や
そのお城にまつわるストーリー(城主関連)好き派など色々いらっしゃると思いますが、
私はなんと言っても「石垣の美しいのが好き。高くて立派ならなお好き」派です。
 
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石垣にワクワクしながら登るワタクシ。
 
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この角のところがきっちり美しいのが好み。
 
天守閣に到着ー♪かわいらしい天守
 
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上から街を見ると
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瀬戸内海が見えます。
 
もともと、宇和島城は築城の名手藤堂高虎が海に面した海城として作られ、
 
今は市街地になっているところも昔は海で埋め立てられたものだそうです。
 
藤堂高虎今治に転封になり伊達秀宗が入国。その後櫓や石垣などはさらに整備されたそうです)
 
 
 
前は瀬戸内の島々を見ながら、すぐ後ろには山。
 
伊予10万石の城下町宇和島って小さい街だったのね?
 
宇和島城は現存12天守の一つ。
日本に12くらいなら全部回れるよねーと師匠と話していたところ、
日本100名城」というくくりも2007年に日本城郭協会が設定したとか。
各県に1城以上5以内、ということだけど、今からじゃとても無理だよねーと、
あまり見ないようにしていたのですが、
今回いったところはほとんどが100名城に該当し、どこに行ってもスタンプがあるので
『スタンプ帳を持ってくれば良かったのかな?』と悔やむこと多し。
気持ちを煽るような「公式ガイドブック」もどの城にもあり十分そそられましたが、
始めたらコンプリートせずにはいられなくなるのであえて乗らないように自制しました。
 
 
宇和島城はもちろん100名城にも入っていますし、
トリップアドバイザーで『行って良かった日本の城TOP20』にも入っているそうです。
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天守閣は小さいので、中には甲冑の展示と政宗秀宗親子のイラスト。
著作権に触れそうなので割愛しまーす)
 

*城山郷土館には丁寧なボランティアガイドさんがいます

 
天守閣を後にして、城山郷土館(無料)に寄ります。
こちらの施設の方に「どちらから」と聞かれ「千葉です」というと
「ずいぶん遠いところから」と嬉しそうに、展示パネルの説明に丁寧にしてくれました。
 
宇和島藩に関連して、児島惟謙、大村益次郎など歴史上の有名人も多く、
イセキ(農機具で有名)も元は宇和島からだとかへぇーと思うことも多かったです。
大村益次郎の出てくる「花神」は面白かった記憶があるのでまた読んでみようっと。
 
 
 
その次は、歩いて伊達資料館へ。
「伊達な逸品」展が開催され、規模は小さいながら充実していました。
蒔絵螺鈿の硯箱や、鎧、蔵などなど
婚礼道具や女性の乗り物などの細工も素晴らしかったです。
でも、この藩の規模でこれだけのものを作っていたら財政難にもなるのも分かるわ。
 

*郷土料理の「鯛めし」を

 
 
ここで、お昼になったので宇和島の郷土料理をいただこうと。
宇和島きさいやロードというアーケードの商店街があったので、
そこを通って事前に食べログで調べておいた「割烹田中」さんに。
ここで、鯛めし(宇和島の鯛めしは鯛のお刺身を出し醤油でといた卵かけごはんと一緒に食べるらしいです)
 
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さつま(白身魚を焼いて身をほぐしたものと麦味噌をすりあわせた汁を麦飯にかけて食べるもの。こちらのお店では麦飯ではなく白ご飯で、さつまにきゅうりやしらたきも入っていました)
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鯛めしはとっても美味しかったけど、麦味噌がちょっと苦手。
いつもは途中でおかずを交換してくれる師匠が味見程度しか分けてくれず、
さつまも「俺はいいよ」と遠慮され、「さつまはこんな味なんだなー」と思いながら食べきりました。
 
それにしても、日曜のお昼だというのにアーケードに人影は無く車もあまり走っていない。
お城には観光客がいたものの、博物館にもその周辺の住宅街も人がいないのは怖いくらい。
これが、海外の田舎で家などがなんとなくすすけて荒んだ印象の村なら分かるけど、
きれいな街で人がいないって・・・
 
 
 
宇和島城を満喫し、高速で松山に向かいます。
途中大洲市を通ったのですが、降りることなく通過。
帰宅後知りましたが、大洲城も100名城の一つでした。
天守は明治時代に取り壊されているも、4棟の櫓などが残され国の重文になっているそうです)
見ておけば良かったー。