しゃおれんの旅日記

インフラ等は記事を書いた時点のものです。現在の状況はご確認お願いします。

大滝神社と身曾岐神社へお参り

友人はクリスチャンなのだけど、小淵沢に有名な神社があると連れて行ってくれました。

大滝神社

小淵沢には湧き水が多いけれど、こちらの神社も湧き水で有名で地元の方がポリタンクを持って汲みに来るといいます。

駐車場は小さいけど、朝早くから車が数台停まっていました。

わさび田があるということは水がきれいということですよね。

わさび田の横を通って本殿に向かいます。

森の中の拝殿

拝殿

奥に本殿があります。

拝殿には、命名の紙がたくさん貼ってあって、個人情報ダダ漏れだわとちょっとびっくりしました。

 

拝殿の左手に石段があります。

ちょっとした石段

友人いわく「前は登れなかったのに-」の石段を登ると磐座のように大きな岩が。

巨岩

 

蠺影大神とあったけど、なんの神様かな?

水に関する神様かな? 探しきれませんでした。

本殿前に湧水

林の中で、水の上を越えた風は涼しくて本当に気持ちのよい空間でした。

多分神社って風水的にいいところにあると思います。

本殿右手奥に池がありました

友人がお気に入りなのはこちらの池だそうで

池に能舞台のような建物あり(朽ちていて入れず)

たまにふわぁっと靄が出ます。夏なのに?水が冷たいから?なぜだろう?

身曾岐神社

こちらの神社はちょっと異色。

元は井上神社という神社だったのを、神社の権利(?)を、歌手のゆずのお母さんが買い取ったそうです。

社殿が新しくてとてもきれいな神社。

鳥居

鳥居はゆず北川悠仁氏の奉納

鳥居にもびっくりしたけど、絵馬もゆずの形だったりして。

(絵馬に「ライブのチケット当たりますように」なんていうのも混ざってて面白い)

神池と能楽殿

能楽殿

立派な能楽殿がありました。

毎年八月三日には大祭の宵宮として薪能も開かれているそうです。

ポスターを見たけど、なかなか素敵なお値段でした。

拝殿

拝殿の奥に本殿

ご祭神は天照大御神です。

宇氣比ノ井

八ヶ岳の御神水と、その奥に旧社号標

井上神社

井上神社のご祭神は、身曾岐自在神(みそぎかむながらのかみ)、井上正鐵大人命(いのうえまさかねうしのみこと)

井上正鐵翁は、江戸時代末期に天照大御神の神示を得て、白川神祇伯王家に伝承された神道の奥義を相承して、神道中興の祖として崇敬を集めているそうです。

身曾岐というのは当て字だけど、みそぎが大事だとありました。

(境内にあった文章を超ざっくりまとめるとこんな感じ)

 

宗教法人って譲渡したりできるんだなあと不思議に思いながら参拝しました。

 

このほか、友人とサントリーの白州工場を見学したり(夫さんとも昔一緒に行ったなあと思い出す)、リゾナーレ八ヶ岳に入っているこじゃれたパン屋に行ったりと、観光も結構しました。

一人旅だとレンタサイクルかバスで体力勝負になるけど、車で連れて行ってもらうと色々行けるんだなあと改めて思いました。

 

今回も長々とおつきあいいただきありがとうございました。

これにて、小淵沢旅行記はおしまいです。

 

三泊四日(金曜夜から火曜の夕方に戻ったので厳密には四泊五日)でも、庭が無事だったことがわかったから、この夏もう一回くらい旅行したい。

暑すぎて外に出るのも嫌だから、涼しいところに行きたいなー。

でも、日本にあるのかな、そんなところ。

エアコンの効いた自宅でのんびりきれいな景色の動画でも見るのが一番の癒やしかも。

茅野市尖石縄文考古館と野辺山天文台にも行きました

小淵沢の友人妹さんのお家に泊まって、友人にあちこち連れて行ってもらいました。

茅野市尖石縄文考古館

友人に「どこか行きたいところある?」と聞かれてリクエストしたのがこちら。

車で40分くらいかかるけど連れて行ってくれました。

中一の甥っ子ちゃんも問答無用で連れて行きます。

事前に「土偶と埴輪どっちが好き?」と聞いたら「埴輪」と答えたけれども。

茅野市尖石縄文考古館

なぜここに来たかったかというと、国宝の土偶が二体いるので。

私も埴輪のほうが好きだけど、国宝の土偶も生で見てみたい.

 

縄文のビーナス

縄文時代中期(約5000年前)、棚畑遺跡出土、高さ27cm、重さ2.1kg。

昭和61(1986)年出土、平成7(1995)年国宝指定。

縄文時代の土偶の中では日本で最初に国宝に指定されました。

妊娠した女性を表していて、安産祈願や子孫繁栄を願うまつりに使われたと考えられます。

後ろ姿

安定のためとはいえ、胸よりもお尻がすごく大きいですねー。

安産型なのかな?

眼がすごくつりあがってますね。

頭のてっぺんが平らだったけど、何かをかぶっているのかな?

ガイドさんがいたのですが、別のグループについていて説明を聞けなかったんです。

残念。

 

仮面の女神

縄文時代後期(約4000年前)中ツ原遺跡出土、高さ34cm、重さ2.7kg。

平成12(2000年)出土、平成26(2014)年に国宝指定。

割と最近見つかった物なんですねー。

 

後ろ姿も確認

尻尾がある?

上着に縄文土器のような模様がありますね。どんな意味があるんでしょう?

土偶は妊娠した女性をかたどることが多いように聞いていたので、これは女性なのかな?と思いながら解説を読んでいました。

 

逆三角形の仮面をつけ、神に代わってまつりをする女性を表現したと考えられています。中が空洞で、表面はよく磨かれ、右足が壊れて出土(意図的に壊した)しています。

墓と考えられる穴から出土した珍しい土偶の一つです。

国宝指定書

仮面の女神のほうだけ写真撮ってて、縄文のビーナスの国宝指定書撮り忘れ。

あちらのほうが先だったのに。

模様が入った上等の紙を使っているんだなあと思う。

 

縄文土器も多く展示していました。

長野は火炎式ではない

環状把手のある深鉢形土器(2点とも長野県宝)

茅野市下ノ原遺跡出土、縄文時代中期前半(約5000年前)。

土器の縁の部分がデコラティブでとても素敵。

同体部分も紋様が色々で、「縄文」に限らず色々な紋様がありました。

貝殻状装飾付深鉢形土器

縄文の「超絶技巧」として紹介されていた土器

説明文をそのまま引用しますね。

『博物館に展示されている多くの資料は、たいてい、その時代の土器などの各カテゴリーをよく代表するもの(=文様がきちんと上手に描かれている、文様がその時代とその地域の典型的なものである、など)であり、かつ残りがよいものが選ばれている。もちろん、「よく代表するもの」が残りの悪いものでもそれ以外に資料がなければ、展示する。

「よく代表するもの」のなかには、技術的に優れたものを当然含んでいる。技術的に優れたものには、ぱっと見で「すごい」と思わせるが、類似資料と見比べたり、細部をよく見てみると、製作者のこだわりや抜きん出た技巧を感じさせる。

ここに展示している棚畑遺跡の土器は、段を重ねたような形も技巧に富むと感じてしまうが、それだけでなく、表面に貼り付けた細いひも状の粘土が剥がれ落ちていないというところにも優れた技巧を感じてしまう。茅野和田遺跡から出土した同じタイプの土器片を見ると、おそらくひも状の粘土が貼り付けられていたであろう痕跡はあるが、はがれてしまっている。見比べると、棚畑遺跡の土器の優れた技巧がよくわかると思う』

 

説明書きのとおり、くびれがあって段々になっているかたちもすごいけど、地の文様の斜め線が等間隔だったり、くりんと曲げた紐のデザイン性とかなかなかすごいですよね。

内側も磨き上げてあるんですよー。

 

この後は、体験コーナーが充実していました。

縄文人コスプレ

友人と甥っ子ちゃんもコスプレしました。

粘土に縄文をつけてみた

粘土板しかないので、粘土状のひもをつけることはできず。

火起こしの道具

実際には火は起きないようになっているけど、きりもみ式と弓きり式の火起こしの道具がありました。

友人と甥っ子ちゃんがあーでもないこーでもないと挑戦する姿を動画に撮ってあげました。

遺跡の裏手に竪穴式住居の復元あり

この日は昼間晴れたので暑かったです。

長野って涼しいイメージだったけど、夏はやっぱり暑いんですね。

野辺山天文台

友人が強くお薦めしていた野辺山天文台。

正しくは、国立天文台野辺山宇宙電波観測所というのかな?

www.nro.nao.ac.jp

どうもコナンの聖地らしいです。

ベジタボール・ウィズ

天文台は17時までですが、その前に隣接するベジタボール・ウイズ(南牧村農村文化情報交流館)で、ドームシアター型のプラネタリウムが見たいということで急ぎました。

このプラネタリウムは投影機型ではなく、スクリーンに映すもので、普通の星空の紹介の回とプラネタリウム用の短編のコナン君のアニメ(「名探偵コナン 閃光の宇宙船」)を上映する回があります。

私はコナンに全く興味はないけれど、プラネタリウム(ドーム型シアター)に興味があるので付いていきました。

フライトシミュレーターは時間が終わっていました。残念。

全容をうまく撮れない

宇宙船と書いて「ペイロード」と読ませる。いかにもコナン映画らしい当て字と思っていたら、ペイロードとは「運搬される荷物」や「積み荷」を意味し、宇宙分野では「ロケットや人工衛星などに搭載される、ミッションの目的に直接関わる荷物や機器」を指すそうで、今回の短編アニメでは宇宙ステーションへ荷物を届けるロケットが出てきたので、そんなに無理な当て字でもなかったです。

(友人がチャッピーに聞いて調べた)

わずか30分ですが、座席が絶妙に気持ちのよい角度なので、途中記憶が途絶えてしまいました。

濃いソフトクリーム

アニメの後で食べたソフトクリームが美味しかったです。

コーンの底までたっぷりソフトクリームが入っていました。

その後、ソフトクリームを食べながら天文台まで歩いて行きました。

アニメが終わったのが4時半、一番大きなパラボラアンテナまで往復するとギリギリ5時なんじゃないかくらいの時間です。

ミリ波干渉計

これらのアンテナは場所や角度を変えられるように線路がありました。

時間がなくて写真もろくに撮れなかったし、説明も読んでいなくて、前に来たことのある友人の説明でへぇーと見ているだけでしたが、
知らない分野だけに何を見てもただかっこいいーと思ってしまいます。

45m電波望遠鏡

この日は真上を向いていた巨大な望遠鏡。

ミリ波で世界最大級で、宇宙空間に多様な分子ガスが存在することや、ブラックホールの初検出に貢献するなど、1982年の完成から40年以上にわたって、世界のミリ波天文学をリードしています。

 

という説明を読んでも、「そうなのかー」としか思えない。

友人とこのカップ(?)を支える写真を撮ろうとあれこれポーズを考えることに時間をかけてしまった。(甥っ子ちゃんに撮ってもらった)

宇宙や星はロマンとして見るもので、私にとっては学びの対象ではないからか、説明看板もあんまり熱心には読まなかったので、帰ってきてからも「大きかったなー」くらいの印象しかないです。

友人が「星がたくさん見えるところに連れて行ってあげる」と言ってくれていたけど、
夜は雨が降ったり、お客さんが多かったりで、3泊したけど星は見られませんでした。

 

HPを見るとものすごくたくさんの星があって、天の川も見えそう。

下町っ子なので(都会っ子とはいいがたい)、天の川なんて見たことがない。

 

次はゆっくりして、コックピットのシミュレーション体験や普通の星空のプラネタリウムも見てみたいなと思いました。

平山郁夫シルクロード美術館に行きました

友人と小淵沢の友人の妹さんの家に泊まりに行き、あちこち連れて行ってもらいました。

友人が日曜の午前中に用事があったので、車で連れてきてもらって、用事を済ます間に堪能しました。

平山郁夫シルクロード美術館

平山郁夫シルクロード美術館

世界遺産の保護活動にも尽力した平山郁夫先生は、私の好きな画家の一人。

シルクロードをメインに、アジアや仏教を題材にした絵を多く描いています。

こちらの美術館には、シルクロードを題材にした絵とシルクロードの仏像が展示されています。

silkroad-museum.jp

かつてはシルクロードを制覇したいという野望を持っていた私ですが、イランが戦争に巻き込まれている今はどうにも難しいですよね。

旅行はできる時に行っておかないと。

シルクロードの仏像

入ってすぐの部屋はシルクロードの仏像の展示室。

ガンダーラの仏像

彫りの深い仏像が並んでいます。

私がイケメンだと思うのは、東京国立博物館にいらっしゃるガンダーラの仏像なのです(彫りが深いだけでなく落ち着いていて聡明な感じが勝ってるんです)が、
こちらも濃いお顔の方が多くイケオジが多かったです。

観音菩薩像

日本の観音様とは随分と様子が違います。

菩薩は仏陀と異なり、悟りを開く前の姿なので、最高位の装身具で前進を飾ります。

経典『仏陀の境涯』では、菩薩が生まれるのは「祭祀階級(バラモン)か戦士階級(クシャトリア)の2つの家系」と定められていて、ガンダーラにおいてはそれを元に仏像が作られてきました。

こちらの観音菩薩はターバンをかぶっているので、「戦士階級」の姿として表されています。

仏伝浮彫「四天王奉鉢」

お釈迦様が施食を受ける器がないことを知った四天王が、托鉢用の鉢を献上し、仏陀が四つの鉢を魔術で一つにしたと伝わります。(魔術とはすごい話ですね-)

四天王は東西南北の守護を司る神々。

左から2人目だけ衣装が違う

こちらの神様は、北方の守護神、毘沙門天。「その頭部についている一対の鳥翼の源流は、神々の伝令、霊魂の導師ヘルメス神のもの」とありましたが、ここにきてギリシャ神話まで出てくるとは、さすが東西の文明の交差路。

奥入瀬渓流と群青の世界

流水間断無(奥入瀬渓流)

この時期にぴったりの青緑が爽やかな絵。

川の音が聞こえてきそうです。

次の部屋に、群青シリーズも展示されていました。

群青シリーズと雑誌「海」

文芸雑誌「海」の表紙を描いた群青シリーズ。

1975年から1982年の8年間、96点のうち36点がこちらの美術館に所蔵されています。

色紙大の大きさで群青をバックにしたシンプルな絵は、シルクロードの大作とはまた違った魅力がありました。

雑誌の表紙と実際の作品を一緒に撮ってみました。

先生のアトリエの再現

後ろの棚の日本画の顔料の色の多さにうっとりしてしまいます。

色々な顔料が並んでいるのってなんか素敵じゃないですか?

大シルクロードシリーズ

2階に上がると大きな部屋があり、そこにはシルクロードの大作が飾ってあります。

パリのオランジュリー美術館の睡蓮の間のように、シルクロードの大作を飾る展示室を作ろうとこの美術館を作る際に考えていたそうです。

見学者が来てはさらっと見て出て行くので、私は大好きなシルクロードの絵を心ゆくまで楽しみました。

他の見学者がいなくなるまでじっと待った

左右対称に同じ遺跡の昼夜を描き、奥の壁にはトルコのエフェソス遺跡とローマの遺跡が描かれています。

左の夜以外はガラスケースがあり、照明が光ってしまうのが本当に惜しいです。

昼間のギラギラした暑さはガラスケース無しのほうがいいと思うのですが・・・

私はもともと青が好きなので、夜を描いたほうが好みです。

でも、シルクロードの乾いた感じは赤茶色のほうがいいのかな?と、移動しながら交互に見比べていました。

楼蘭遺跡を行く・月

楼蘭遺跡を行く・日

シルクロードを行くキャラバン-西・月-

シルクロード行くキャラバン-東・太陽-

パルミラ遺跡を行く・夜

パルミラ遺跡を行く・朝

今となってはシリアに行くことは難しいので、行っておいて良かったと本当に思います。

パルミラは、シルクロードの中継地として古くから栄えていましたが、女王ゼノビアがローマに対して反乱を起こしたため、鎮圧され街は破壊され、ゼノビアは金の鎖につながれてローマ市内を引き回されました。
この絵が、前の二作と違って、黒い服を着た女性たちが駱駝に乗った姿を描いているのは、この史実によるそうです。

日本画ははっきりと描かなくても成立するのですが、女性の衣装とどんな格好で駱駝に乗っているのかがガラスケース越しだとはっきり分かりませんでした。

腰の辺りにも布があるし、鞍代わりの長い布もあるし、向こう側に両足を下ろしているのかしら?

フォロ・ロマーノ

非常口の緑のマークが映り込んでいます(涙)

以前はこんな感じで自由に遺跡の中を見学できたのですが、10年ちょっと前に父の古希祝いでイタリア旅行したときは、鉄の柵ができて見学ルートと遺跡部分がはっきり分かれていました。

そうそうこんな感じだったなあと思いながら見ていて、解説を見ていたらびっくり。

ぼんやりと金色の線が見えます

フォロ・ロマーノの奥のカピトリーの丘にある市庁舎(古代の公文書館)の上空に、初代ローマ皇帝アウグストゥスとローマ軍の兵士たちが金色の線で描かれています。

金色の雲に紛れて非常に見づらいのですが、アウグストゥスはローマでよく見た若い頃の石像のポーズなのでなんとか見つけることができました。

 

古代ローマ遺跡 エフェソス・トルコ

フォロ・ロマーノの絵のお隣には、7mを越える大作があります。

トルコの南西、エーゲ海に面した港町、小アジア最大の古代遺跡エフェソス。

エフェソスには行ったことがないので、後ろの荒涼とした荒れ山や遺跡の中を平然と歩いて行く羊たちから必死に妄想していました。

羊がいます

そして、こちらの絵の上空にも金色の騎馬軍団がいました。

金色のアレクサンドロス大王の軍団

こちらははっきり確認できました。

アレクサンドロス大王は紀元前334年にエフェソスを訪れていて、それから2000年以上経ってから、平山郁夫先生がこの地を訪れ描いています。

 

うーん。アウグストゥスやアレクサンドロス大王は描く必要ってあったのかな?

 

平山美知子夫人の作品

山の神話(アズダール・アフガニスタン)

1968年のシルクロードの旅からモチーフを得た作品。

アフガニスタンのバーミアン地方に伝わるヤマタノオロチ神話に酷似した伝説を描いた作品です。

 

お二人は戦後すぐの東京芸大で出会ったそうで、美知子さんも画家をめざしていたそうです。

郁夫先生の取材旅行にはいつも同行し、絵を描く以外は何も考えない先生に代わって、奥様が取材記録を作り、当地の神話や歴史なども勉強して先生に伝えたそうです。

先生は画角や描きたいものには集中しても、遺跡の名前などはあまり気にしないそうで、後から奥様に確認したとか。

なんてすごい内助の功。

旅行記も数冊出版されていましたよ。(館内で閲覧可能だったので、友人のお迎えを待つ間読んでいました)

 

この日は、発掘イベントもやっていて、美術館の裏で子どもたちが久慈から届けられた地層から化石が出るか探すという作業をしていました。

プレミアム化石が出たら久慈に寄贈しないといけないけど、ネームプレートがもらえるとかで、鑑定の結果プレミアム化石だったときにはカラーンカラーンと鐘を鳴らしてもりあがっていました。

私に子どもがいたなら絶対参加していたであろう企画。

 

こんな感じで非常に楽しみ尽くしました。

今回の滞在中に他にも博物館に行ったのでそれは別の記事にて。

小淵沢ハイキング-棒道と入笠山

友人は私と同じくおひとり様で子どもがいないけど、甥っ子ちゃんが中一になったら富士登山をするというのをやっています。

すぐ下の妹さんは結婚が早かったので、長男君と最初に登ったのはもう十数年前だけど、
末の妹さんの甥っ子ちゃんがやっと今年中一になって、「自分で始めたこととは言え、やっと終わる-」と言ってました。

(姪っ子ちゃんたちも数人いるけど、女子は嫌がるので実施せず)

妹さんが山梨の小淵沢でレストランを経営していて、登山の練習を兼ねて遊びに行くというので便乗して泊まりに行きました。

友人は忙しいときにはスタッフとして店に出て、私はタダで泊めてもらう代わりにお客として食べに行きました。

中一はまだ子ども?

今回は、その富士登山で同行する甥っ子ちゃんも一緒でした。

親戚の家に一人で泊まるのも初めて(おばあちゃん家に泊まるときはいつもはお姉ちゃんが一緒)だし、伯母さん二人と伯母さんの友達までいて、きっと気を遣ったんじゃないかな?

 

別の友人宅で先日小一のお姫様に焼き餅焼かれてかんしゃく起こされて凹んでましたが、今回は中一男子。

反抗期が始まってたらどうしようかと思いましたが、そんなことは全く無く。

これからなのかな?

 

初日に、食卓で並び始めのパンを自分だけ食べ始めちゃったのを友人が注意して、カトラリーの準備や「けん君(仮名)、これ手伝って-」等と色々頼んだら、最終日には完璧にセッティングしてくれるようにもなりました。

 

ママがいないからネトフリを延々と見てたり、クネクネの山道でもスマホ見てて酔ってしまい吐いたりとかは子どもらしいけど。

信玄の棒道

金曜の夜に着いてその夜はすぐ寝て、翌朝、朝食後さっそく歩き始めました。

(リゾナーレ八ヶ岳や道のえきにも寄ったりしたっけ)

小淵沢は馬術競技場や馬に乗れる牧場もあるようで、馬も歩いていました。

数年前に、夫さんと清里に泊まって編笠山に登ったことがあるなーと思い出したりもしました。

まさか、また登山靴を履くことになるなんて。

キースへリング美術館の横をゆるゆると上がっていき、途中から未舗装の遊歩道。

小淵沢が別荘があったり、こじゃれたホテルのある観光地だったとは知らなかったです。

棒道の看板あり

信玄の棒道(ぼうみち)という歴史的にも有名な道らしいです。

武田信玄が北信濃攻略にあたり整備したと伝承のある古道で、八ヶ岳山麓をまっすぐに走っているところから棒道と呼ばれています。

上中下の三本道があったそうですが、現在確認できるのは上の棒道です。

韮崎から穴山(韮崎市)、若神子(須玉街)、渋沢(長坂町)、小荒間(長坂町)、小淵沢(小淵沢町)、立沢(長野県富士見町)、大門峠(長野県長門街)へ続くコースです。

ここは開けて歩きやすい

途中から草が生い茂っていて、長ズボンじゃないと足が切れそう。

この日は途中小雨が降ったりしましたが、全体に曇りで涼しくて楽でした。

観音様

こういった観音さまが何体かいらしたのですが、足元を見て歩いていたからか通り過ぎてしまい番号が途切れ途切れ。

下ったり登ったりもしながら2時間近く歩いて、三分の一湧水につきました。

 

三分の一湧水

小淵沢はもともとあちこちに湧き水があるのですが、(そういえば、「南アルプスの天然水」もその湧き水利用してるんでしたっけ?)
ここの湧き水は下流に等しく流れるようにと作られていて、その形もきれいでした。

三分の一湧水

右手奥に湧き水の源泉があり、そこから左手に3つに別れています。

冷たくて美味しかったですよ。

 

三分の一湧水の向かいに展望台やおそば屋さん、直売所等があり、アイスで休憩。

その後、来た道ではなく近道して帰って、約10km、3時間強のハイキングをしました。

私は普段7kmちょっとゆるジョグをしているので、それほどではなかったけど、デスクワークの友人はこたえたらしく、夜は湿布を貼っていました。

サッカー部の甥っ子ちゃんは、上り坂も涼しい顔して登っていたのは予想通り。

入笠山は超ショートコースで

2日目は入笠山に登ろうとしていたのですが、午前中は色々用事があり、遅めのお昼ご飯を食べてからの出発。

「いりかさやま」でナビを入れると見当たらず。「にゅうかさやま」と読むそうです。

案内図

国道20号を通って、沢入登山口についたのが3時すぎ。

そこから入笠湿原までの1時間の道は熊注意の看板が出ていたので、

行けるところまで車で行くことにしました。

運転できるのは友人だけなので、クネクネとした道をただひたすら運転してくれます。

途中、小さな駐車場があったのですが、もっと広いところに停めようと進みます。

(多分、⑤⑦の首切登山口だったようです。そこから25分くらいで入笠山頂上にいけたみたいです)

結局、マナスル山荘天文館などがあるところまで車で行きました。(地図③)

トイレに行って、登山口に着いたのが4時過ぎ。

山頂までは片道30分とあったので安心ですが、夕方からの登山なんて初めてです。

登山口

身の軽い甥っ子君はどんどん先に行ってしまい、慣れない友人はゆっくりめで、3人で登っているのにいつのまにかバラバラに(良かったのか?)

木の根が出てる

それほど難しくないコースですが、雨が降ったら滑りそうです。

途中の分岐

途中で迂回コースと岩場コースに分かれます。

先に行ってた甥っ子ちゃんは岩場コースに行った模様。

どちらも15分とありますが、岩場は苦手なので私は迂回コースに。

山頂

15分くらいで登れました。

甥っ子ちゃんは10分で登ったそうです。

神様のハシゴが見えます

残念ながら曇り空で富士山は見えなかったですが、神様のハシゴが見えてかっこよかったです。

友人も30分かからず登ってきました。

その後、友人と甥っ子ちゃんは岩場コースで、私は迂回コースを戻りました。

超ショートコースだったけど、一応急な坂道もあったので練習になったということになりました。

温泉は毎日違う場所に

小淵沢近辺は温泉がたくさんあって、毎日違う場所に連れて行ってくれました。

温泉の写真は撮れないので無いのですが、色々種類があって違いも楽しめて良かったです。

パノラマの湯で、うっすら富士山の稜線をみられたときはちょっと嬉しかったです。

4日間いて、富士山を見られたのはこのときだけでした。

雁川

最終日は朝昼兼用で友人妹さん御用達のおそばやさんに行きました。

tabelog.com

芸能人のサイン色紙もあるお店ですが、女将さんは友人妹さんがお気に入りみたいで席まで来て話し込んでいたりして微笑ましかったです。

友人がいうには、時代劇で馬に乗る役の人が練習で小淵沢に来るとか。

こちらのお店にも「豊臣兄弟!」に出ている俳優さんの色紙がありました。

つきだし

白菜や玉ねぎの浅漬けの他、手前のオレンジ色がお花の漬物(名前をわすれてしまった)。

甥っ子ちゃんは子どもなのに、こういうお漬物も美味しいと食べていて感心感心。

1Kgそば

4.5人前の1kgそば(3,000円)にとろろを追加注文。

多いかなと思ったけど、4人で美味しくいただきました。

そば湯はなかったですね。言えばもらえたのかな?

天ぷら

天ぷらを頼んだら、長い板にどどーんと載っていて映えます。

(甥っ子ちゃんが撮影用に持たされています)

野菜ときのこ天しかないですがサクサクで美味しかったです。

 

本当は友人妹さんのお店も美味しいので紹介したいですが、そうすると身バレしてしまうので残念ながら秘密です。

友人妹さんが「また来てね」というので、友人に便乗してまた行ってしまおうかな。

「空海と真言の名宝」展「チェスター・ビーティー・コレクション」展

東京国立博物館で始まったばかりの「空海展」に行ってきました。

あちこちに行った痕跡のある偉人NO1は弘法大師だと思う(もしくは日本武尊?)

「空海と真言の名宝」

「空海と真言の名宝」展

会場内はほぼ撮影禁止だったので写真はなく、図録も買わなかったので、眼と頭に焼き付けるしかないのですが、

とにかくお宝がたくさんありました。(真言宗18本山及び関係寺院が所蔵する国宝15件、重文60件を含む88件のお宝が展示)

 

入ってすぐに弘法大師座像があり、(ポスターにもいらっしゃいます)
目力というか意思を感じます。

金剛峯寺本坊持仏間本尊なのですが、空海生誕1250年ということで特別公開です。

「空海の風景」という司馬遼太郎先生の小説を夫さんが好きで貸してくれたのですが、実は私は空海の積極的すぎるところがどうにも共感できず・・・

才能ある人だから仕方ない?

 

それはさておき、空海が中国から持ち帰った密教の教えと、その教えを伝えるためには美術を通すのがいいということで、密教図や仏像、法具、秘宝がたくさんありました。

 

彩色されていない線書きの五大力菩薩像も迫力あり。

 

深沙大将立像(快慶作)は、胸に骸骨がならんでいるし、膝には象がいるしで、異形な感じでちょっと怖かったです。

 

後七日御修法という、真言宗でもっとも重要な法会の儀式の説明や、仏像の展示と儀式のダイジェストビデオが流れていて、へぇーと思いながら見ていました。

ここにいた、「(重文)聖観音菩薩・梵天・帝釈天立像(二間観音)」が小ぶりですが、ものすごく繊細な後背や宝冠、台座が凝っていて、思わず見とれてしまいました。

やっぱり、大きな迫力ある仏像より、超絶技巧の小さな仏像のほうにありがたみを感じてしまうかも。

 

「(国宝)信貴山縁起絵巻」や「(重文)石山寺縁起絵巻」もあって、絵巻物好きなのでワクワクしました。

展覧会が開始して2日目に行ったからか、比較的空いていて、押されることなく絵巻物を見ることができて好かったです。

信貴山縁起絵巻で、倉が飛んでいくところを見ている人たちの表情が面白かったです。

老眼鏡持って行って良かった-。

 

最後に、真言宗各派の秘仏が、こんなにたくさん見ちゃっていいのか?くらいに並んでいました。

ここでもやっぱり超絶技巧の仏像に眼が行ってしまいました。

細かいので、ちゃんと拡大した写真を周りの壁に貼って展示の説明としてくれていました。ありがたいです。

 

ここには、一部撮影OKの仏像がいらっしゃいました。

重文)愛染明王坐像

弓矢を上に向けて天を射るかのような構えは「天弓愛染明王」と呼ばれ、彫刻作例としてはとても珍しいそうです。

(平安時代の作で、山梨の放光寺に伝わる)

横からも撮ってみた

五智如来坐像

五智如来とは大日如来が備える5つの知恵を象徴する仏。

5体揃って伝わる五智如来象の現存最古例としても貴重とありました。

博物館の中でさえ、5体揃っているとなんだかすごく迫力あるのに、これがお堂の中にどどーんといたら、さぞかし有り難いことだろうと思います。

こちらも横から

ここだけ撮影Okだったので、当然撮影している人は多かったのですが、

スマホを出している人の前でずっと鑑賞している人やその人に舌打ちする人や、

フラッシュ禁止なのに光ってしまって、スタッフにとがめられても「私はフラッシュなんてつけてない」と逆ギレする人とかいて(多分スマホの設定を分かってない)、
なんともいえない気持ちに。

私も撮れるなら撮ってしまうけど、写真撮影一切禁止でもいいのではとも思いました。

 

気になる特別展を発見

 

「アイルランド・チェスター・ビーティー・コレクション」展

酒呑童子のシーン

本館2階のDとE室だけでしたが、見応えたっぷりでした。

アメリカの鉱山開発で成功し、世界中の美術作品を収集したアルフレッド・チェスター・ビーティー卿のコレクションが展示されていました。

「絵巻と絵本のたからばこ」という副題付で、絵巻物を堪能できました。

狩野山雪の「長恨歌絵巻」

玄宗皇帝と楊貴妃の話ですが、私が行ったときは巻下の展示でした。

なので、反乱が起きて楊貴妃は殺され、玄宗皇帝は蜀に逃げるシーンから始まります。

蜀の桟道を通っている玄宗皇帝一行

蜀は山の中ですからねー。

ものすごく大変な山道を通っていました。

蓮の花を見て楊貴妃を思う

その後反乱が鎮圧されたので、長安に戻ってきて、楊貴妃を偲んでいます。

そして、方士に頼んで楊貴妃の魂を探索するよう命じます。

(なんて無茶・・・)

地底をさまよう方士

虚空を飛んでます

虚空を飛んで地底をさまよって、海上の仙山に至ったそうです。

こんなことできるなら、あえて皇帝に仕えなくてもいいんじゃないか?

蓬莱山に転生した楊貴妃の宮殿を訪ねる方士

右下で取り次いでもらっているのが方士です。

楊貴妃はというと上の階でお休み中。

絶世の美女楊貴妃の寝姿

方士と対面する楊貴妃

楊貴妃は方士に玄宗皇帝への思いを託す品物を預けます。

方士は仙境の橋を越えて現世に戻り、楊貴妃の思いを伝えたところで終わっています。

 

彩色が鮮やかで、細かく丁寧に描かれていてとても良かったです。

アップしたところ以外にも細かい場面はたくさんありました。

 

「十二類合戦絵巻」

これも面白かったです。

十二支主催の歌合で狸が判者になろうと申し出るが反対され、恨んだ狸が十二支以外の動物たちと一緒に、十二支軍と戦うという絵巻物。

私は草書や行書が読めないので、台詞が読めませんが、

出てくる動物たちの詠んでいる和歌や彼らの装束には文芸の知識がこめられているそうですよ。

十二支軍

「狸軍の立てこもる愛宕山に攻め寄せる十二支軍。鼠と猫が戦の前の口上を述べる」と説明書きがありますが、猫は十二支じゃないですよね???

左上に狸の総大将がいます

狸軍の評定。

台詞が読めないのが悲しい。

龍の奇襲

龍が出てきちゃったらもう無理でしょ。

午と牛も戦ってます

 

このほか、竹取物語、源氏物語の若紫や夕顔の巻、百鬼夜行絵巻など色々ありましたよ。

酒呑童子絵巻

源頼光が酒呑童子と呼ばれる鬼を退治する話。

鬼が切られているというのに、痛くもなんともない顔をしていて逆に怖い。

チェスター卿はこういうのがお好きだったのかしら。

「乗興舟」

そして、すごく新鮮な気がしたのが若冲の版画の絵巻物。

伊藤若冲が、相国寺の禅僧、大典とともに京都から大阪まで淀川下りをした経験を元に製作した版画巻です。

拓版画と呼ばれる技法を用いていて、モノクロなので、あの鶏図のような激しい若冲とは別人のようでした。

長柄

虹橋三百尺 来繋幾千舟

天満橋でゴール。

虹のようなアーチの橋(天満橋)が架かり、その下に幾千もの舟が繋がれていると詠んでいます。

 

疲れてしまったので、東洋館には寄らず。

トーハクの会員になったので、常設展のフリーパスと特別展のチケット3枚をもらったのですが、春に加賀前田家展を見て、今回の展示を見て、あともう一枚は何に使うか。

源氏物語の特別展は来年1月以降なので、今年の正月に友の会に入ったので期限が切れてしまいます。

特別展の内容を確認してから入れば良かったかも。

広重に行くか、大徳寺か・・・

横浜人形の家でミニチュアアートを堪能してきました

FNC BANDKINGDOMの前に横浜人形の家博物館に行きました。

私はおひな様、ミニチュアやジオラマ、ドールハウスが大好きなので非常に有意義な時間を過ごせました。

www.doll-museum.jp

「ミニチュアアートの世界」展

7/20までなので間に合って良かったです。

道具、服、植物、食べ物、人形、本などなど色々なジャンルのミニチュアアートが勢揃いで、23名の作家さん・コレクターさんの品々を楽しむことができました。

老眼鏡がないとよく分からない世界ですが、小さくて精巧なだけでどうしてこんなにときめくんだろうと不思議なほどでした。

『ミニチュアとは、実物を縮小して作られた精巧な模型や小型の玩具の総称です。英語の”MINIATURE”に由来し、単なる「小さなもの」という意味から転じて、ドールハウス/ミニカー/ジオラマ/ミニチュアアートを指す言葉として広く定着し、近年では「ちいさな世界」を楽しむ趣味や、精巧なアート作品として高い人気を誇っています』

という説明書きを見て、思いっきり当てはまっていると思いました。

1/12スケールのイギリスの食器店

ミニチュアガラス

一部にアンティークも含まれていますが、主に数十年前にヨーロッパで制作された吹きガラスによる精巧なミニチュアガラスとあったので驚きです。

(なんとなく、細かいものはアジア人のほうが得意だという偏見がありました^^;)

デルフト焼きのミニチュア

1/12スケールなので、老眼鏡をしても柄がよく見えません。

ミニ金魚の世界

小さな動物もたくさんいたけど、あまり動物が好きではないのでそれらは軽く流してました。

だけど、こちらは小さな水槽や鉢に金魚がいるという世界観が面白くて見入ってました。

へぇーーー。

こちらも好みです

書斎のミニチュア。

しかけ豆本

本当に小さくて、老眼鏡を掛けても読めなそうだし、こんな細かくて繊細なしかけ絵本を開くときに爪を伸ばしてないと壊してしまいそうなくらい細かい本でした。

360度開いて立体的になるのですが、正直、絵や文字がよく分かりません。

 

美味しそう!

色鮮やかなミニチュアフードもありました。

細かいお重とか、食器も作るのが大変だろうなあと思いながら見てました。

レース編みの細かさにびっくり

人間のレース衿でさえ大変なのに、人形用のレースの衿って・・・

 

小さな靴とバッグ

色々なジャンルがありましたが、私はどうも服や人形の道具などに惹かれるようです。

人形が人形遊びをする設定?

メインの人形のまわりにも小さな人形

真ん中の子がたくさんの人形で遊ぶ設定になっているのかな。

人形の顔がかわいかったです。

奥の棚に小さな人形が並んでます

衣裳の変遷ーロココからベルエポックまで

ミニチュアの衣裳の再現も興味深かったです。

1780年代は、ベルばらに出てくるようなロココスタイル。

上段右がエンパイアスタイルで、ナポレオンの皇妃ジョゼフィーヌが来たようなコルセット無しで直線的なラインで、後ろに長く裾をひいてます。

クリノリンスタイル

1850年代は、針金などの輪を重ねてつなげたクリノリンで大きく膨らませたスカートが流行っていました。

「風と共に去りぬ」でスカーレットが着ていたそうです。

左)バッスルスタイル

スカーレットのイメージって左端なんだけど、違ったかな?

 

「ピーターラビットと仲間たちのおはなし」展

次は、7/11から始まったばかり。

ドールハウスとミニチュアフードで楽しむという副題のピーターラビットの展示です。

ビアトリクス・ポター生誕160周年とありました。

ビアトリクスの家の再現

テーブルの上には描きかけのイラスト

窓辺には赤いゼラニウムが咲いていたりして、設定が細かくて好き。

ぬいぐるみなどのグッズもありましたが、驚いたのはこちら。

おひな様まで

「ピーターラビットのおはなし」日本語版出版40周年を記念して、吉徳大光が雛人形を作っていたとは。

男雛はピーター、女雛はカトンテールです。

ちなみにカトンテールはピーターの妹。

相関図あり

いくらピーターのお父さんはパイにされてしまったとはいえ、絵がパイって・・・

ピーターラビットシリーズ

すっかり話を忘れていて、(ピーターのお父さんは捕まってパイにされたことしか覚えてなかった)他に読んでいる人がいなくてベンチが空いていたこともあり、思わず絵本を読みふける。

こんな話だったっけ。

服を着て、お店に買い物に行ったりするのに(擬人化しているようなのに)、人間に捕まってはダメなところとかが不思議。

街に野菜を届ける箱に間違って入ってしまった田舎のネズミが、街のお屋敷で暮らす話はどこかで見たような話だけど、最初から嫌がってて少しも街の暮らしをうらやましく思わないところがウケる。

かえるのジェレミーは小魚を釣りに行くのに、逆に大きな魚に食べられそうになったりと、

絵本の中が「みんな仲良し平和な世界」ではなくて、弱肉強食の世界でした。

アシェットコレクションのピーターの家

全130号で完成するピーターラビットの世界。

お母さんがこどもたちに諭すシーン

「マグレガーさんの畑に行ってはいけません。お父さんのようにパイにされてしまいますよ」のシーン。

お父さんがパイにされて食べられてるってのに、悲しんでる感じでもないのがすごい。

パンが美味しそう

ピーターになって写真が撮れるスポットあり

さすがにうさぎの耳のカチューシャはつけられない。

この奥は撮影禁止でしたが、ビアトリクスの絵本の製作秘話や手紙などが展示してありました。

ビアトリクスは編集者のノーマンと信頼を深め親しくなり、プロポーズをされるもビアトリクスの家が身分が高かったために、親の大反対を受けたそうです。

(ノーマンが出版という商業をやっているのが反対理由。称号を持っている家との結婚を親は望んでいたそう)

両家の親以外には結婚の事実を公にしないという条件の下で婚約を許されたのに、ノーマンはその後病気で急死してしまったそうです(これ、韓国ドラマなら絶対毒を盛られたと思う)。

巨大なドールハウス

高さ164cm、幅134cm、奥行き88cmもあるこちらの博物館が所蔵の中で一番大きいドールハウス。

本体の前にあるのは、窓枠や外壁で、このように外観を模した板を取り付けるのはイギリスのドールハウスの特徴だそうです。

他にも当時の家の特徴を再現している部分がいくつかあります。

赤煉瓦の外壁に大きい窓枠や建物の角に白い色が使用されているのは、イギリスのヴィクトリアン様式やエドワーディアン様式の家屋の特徴に近い。

細かい・・・

右下の部屋の壁に掛けられた刺繍の布は、キリスト教の祭壇を飾るための典礼用刺繍布の再現です。

鏡に赤ちゃんが映ってる

壁に掛かった写真とか子どもの絵などもヴィクトリアン様式だとか。

ボケてしまっててうまく撮れなかったけど、青と白の縞模様の食器はイギリスの伝統的な食器だとか、本当に細かく再現してありました。

 

小さい子や猫がいる家では、ドールハウスを飾れないなーとか思いながら、うっとりと見入る。

りかちゃんハウスが欲しかった子どもの頃を思い出します。

妹たちとかわいい缶を部屋にして遊んでたなー。

常設展も良かった

常設展も人形がたくさんいてかわいかったです。

すごく昔に来たことあるけどすっかり忘れていました。

中東の民族衣装を着てる

奥にガルーダもいる

民族衣装を着た世界の人形を見て、脳内で「イッツアスモールワールド」が流れる。

 

世界の人形、日本の各地の人形(こけしやお土産になってる玩具系)や、おひな様、市松人形、ビスクドール。

四人がかりで組み立てたという御殿飾り

おひな様がきれい

お内裏様が塩顔でよい

ビスクドールはちょっと怖い。

ビスクドール

ビスケットと語源が同じで、顔など二度焼くところから名付けられたそうです。へぇー。

洋服

説明書きを見たら、ビスクドールは初めは洋服の宣伝用に服を着せる目的で作られた大人の女性の人形がはじまりだそうです。

人形のお道具

服の宣伝用から子どものおもちゃになったのですが、左にあるのが面白い。

日本髪の人形

日本髪のカツラがあるので、人形は日本髪の人形で遊んでいたのでしょう。

カツラの替えはあるのに、着物がボロボロ、不思議。

オートマタ

手紙を書くピエロや踊るオートマタ(自動人形)やからくり人形もありました。

お茶を出す日本のからくり人形にくらべると、動きがちょっと甘い。

 

記念撮影

ぬい活用のフォトスポットでしたが、鉄人28号くんで記念撮影してきました。

 

お台場のガンダムとか「でかっ」と思うけど、ワクワクはしないのに、

今回のミニチュアアートはすごく楽しかったです。

大きい、重い、最先端より、小さい、精巧、古いものの方が好みかも。

 

好きな人にはとてもハマるけど、そうでない人には苦痛でしか無いと思われる横浜人形の家博物館。

これからもピアアリーナMMでライブはあるだろうからまた来たいです。

斐太歴史民俗資料館ほか

先日、新潟の友人宅に泊まりに行ってきました。

まだお子様たちが小さくて、習い事のお迎えなどがあって遠くに行けなかったので、車で行ける近場をドライブがてら観光しました。

位置関係とかよく分かってないのでアクセス方法などは割愛です。

苗名滝

ダム?がかっこよかったです

涼しかったー

「滝を見に行こう」と連れて行ってくれたところ。

「滝?これはダムだよね?」と思っていたら、ちゃんと滝がありました。

苗名滝

日本の滝100選にも入っている滝。その昔、滝から落ちる水音が四方に響いて地震のようだったことから地震滝と呼ばれていたけれど、「地震」は「なゐ」とも読むので、そこから「苗名滝」に転化したとのことです。

吊り橋がこわい

ダム、滝のそれぞれに橋があって、下が見えるわけではないけど、それなりに揺れるので高所恐怖症ッ気のある私は、そろりそろりとしか渡れません。

 

この頃、関東は連日雨でしたが、旅行中はずっと晴天でそれでいながら涼しくて、やっぱり山の夏は爽やかでいいなーと思いました。

 

勝福寺

爽やかな森は好きだけどあえて散策するほどでもなく、歴史関連の場所を聞いてみたら、

鮫ケ尾城跡というのがあるという。

謙信没後の御館の乱で敗走してきた景虎が最後に立てこもったとされる城です。

掘り割りと縄張りが割とよく保存されているところだそうですが、山城でなかなか大きそうなので、友人が好むかどうか分からず。

そして私もそうまでして登りたいかというとちょっと微妙。

 

麓の勝福寺に景虎像があることを発見。

勝福寺は鮫ヶ尾城の館があったところらしいので、そこに行ってみようということに。

 

勝福寺

駐車場がなかったので近くの公民館に停めさせていただきました。

本堂

本堂の左奥手に景虎像がありました。

上杉景虎

数年前に春日山城にも登ったことがあったけど、あそこからここまでって結構遠いので、随分遠くまで逃げてきたのだなあと感慨深く見る。

大河ドラマ「天地人」では玉山鉄二さんが演じていて、北村一輝さん演じる景勝と御館の乱で戦っていましたよねー。

景虎は関東一のイケメンで才気あふれていて、26才の若さで亡くなったので、りりしい顔の石像にもまあ良しです。

友人は新潟出身なのに、御館の乱を知らなかったのでそんなもんなのかなーと思った。

またしても、ウザくならない程度に軽くウンチクを語ってしまった。

景虎供養塔

この勝福寺のあたりは「たてのうち(館の内)」と呼ばれ、戦国時代に鮫ヶ尾城の館があったところだそうです。

館とは、防御施設を備えた豪族や官吏などの邸宅のことで、平常時は城主が起居してこの地域の行政を行うけど、戦が始まると本城(鮫ヶ尾城)に居を移して防御を固め、戦の指揮を執ったと説明書きにありました。

 

斐太歴史民俗資料館

勝福寺の近くにある資料館にも行きました。

土地改良だか何かの公的な施設の中にあるためか、土日祝日は休館。

友人が無料だから子どもを連れてきたいと言ったけど無理そうです。

縄文土器の数々

さすが新潟県、縄文土器がごろごろあります。

破片に番号が振ってある

上から中が見えたので、破片に一つ一つ番号が振ってあって、それを復元したのが分かる展示にちょっと感動しました。

壺?

細かい説明はなかったですが、他に見学者がいないのでゆっくり見られていいです。

ハート?

このハートって、復元したときに作ったんだろうか?

元からあったものなのかなあ。

縄文土器を時間をかけて見た後は、土師器、須恵器も見て、古墳からの出土品も見ました。

太刀

天神堂古墳群というのがあり、そこから出土したようです。

右から書かれた旧字体の文字に惹かれてしまいました。

焼けたお米

鮫ヶ尾城跡からは焼けたお米がたくさん見つかっていて、おにぎりではないかと言われています。

御館の乱で焼けたご飯ではないかと。

 

このほか、御館の乱の経緯を書いたパネルや、農業や生活で使われてきた道具などを展示していました。

二面硯

よくあるような民俗資料館

大正天皇夫妻のお写真なんかもあって、市民の寄贈品なのだろうけど、よく残っていたなあと思う物が多かったです。

学校で使われていた地理の教科書は復刻版ではなくメモがしてあって本物でした。

人力車ならぬ人力そり

雪国らしいそりや外套、スキーなどもありましたよ。

釜蓋遺跡公園

上越妙高駅前の釜蓋遺跡にも連れて行ってもらったけど、ガイダンス施設が火曜なのにお休みでしまっていてびっくり。

(月曜休館だと思っていて調べずに行ったから)

焼山、妙高山、雨飾山などの山をバックに記念撮影だけして帰りました。

 

友人がいうには、最近インバウンドの客目当てに一棟貸し用の宿泊施設として、

古い家を売りたい老人から安い値段で買い上げて修理して一泊数万で貸して(最低一週間以上からなどの縛りをつけて)、がっぽりもうけているらしいです。

ニセコや白馬だけではなかったのね。

友人が今の家を買ったのはインバウンドの人たちが来る前で格安だったというけれど、今ではその値段では絶対に買えないと言います。

余剰資金があれば、私もやりたかったな。

でも、どうせなら自分でも泊まりたいから先日行った京都一棟貸しの町家のほうがいいか(買える金額ではないとわかっているけど)。