しゃおれんの旅日記

インフラ等は記事を書いた時点のものです。現在の状況はご確認お願いします。

西国巡礼その4ー④おまけ・友人と京都で合流

仕事を少し早上がりしてくれた友人と京都のホテルで待ち合わせ。

明日から友人の運転で滋賀の札所巡りです。(公共交通機関だけのつもりが・・・友人の運転は多めに見てください)

京都のホテル「パークホテル京都御池」

京都では友達が予約してくれたパークホテル京都御池。

烏丸御池の駅から3分くらいです。友人は京都に泊まるなら烏丸御池が多いという。

私はたいてい京都と大阪の義実家がセットになることが多かったので阪急に乗りやすい四条駅近辺が多かった。でも、もう義実家もいかなくていいよね。

 

和モダンというのかしら?

こぢんまりしたお部屋でしたが、全国旅行支援割が効いて二人で6600円。

バスタブがないので、外国人観光客向きかなと思いました。

平日だったのでクーポンが3000円ずつもらえて、ハッピーアワーでは一階のカフェで飲み放題(私はジュース、友人はワインをいただきました)。

おつまみは有料。お食事もできます

ほぼタダで泊まったようなものです。いいのかしら。

 

クーポンは大丸で使いましたー。

 

夜ごはんは先斗町「酒亭ばんから」

酒亭ばんから

先斗町でちょっと横に入ったところです。

先斗町は外国人が多かったですね~。中国の方がいなくてもこれだけ混んでいるから、彼らが戻ってきたらどうなることやら。

おしゃれな先付

私はウーロン茶で、しっかり食べます。

ナスの田楽

とろけてました。

たまねぎのソテー

ハモの天ぷら

舞茸の天ぷら

ハモ天も、舞茸の天ぷらも一人暮らしではまず食べない。

揚げたてって美味しい―と大満足なのでした。

 

楽しくおしゃべりしながら食べて飲んでお会計を見たらなんだか縁起がいい。

合計が7並び

友人は「私はお酒飲んじゃったから」といつも多めに出してくれる。

飲めない人はその言葉に甘えちゃっていいのかなあ。

 

思い出の「京極スタンド」

亡き夫さんは今思うと高給取りだったのにケチ(倹約家)で「センベロ」などが大好き。

私の故郷足立区の安い飲み屋を好んでいました。

京都では(そんなに安くもないけど)、「京極スタンド」の雰囲気が気になったようで一度だけ入ったことがあります。

友人も京極スタンドの雰囲気は好きらしく、話していてなんとなく「行ってみよう!」と。

しかし、金曜の夜9時前だというのにシャッター降りてます。

夫さんの代わりに鉄人28号くん

友人と次回また来ようと約束したのでした。

 

私は中学高校と修学旅行は奈良・京都だったのですが、昔はスマホもなく、常にクラス全体で行動するのが当たり前。

唯一のお土産買うための自由行動は新京極でした。

 

私の中学時代は「つっぱり」の子がいて無駄に地元の「つっぱり」とケンカしたりしてめんどくさかったです。

いつからヤンキーというようになったのでしょう。

 

高校時代の新京極の思い出は、男女別のグループで行動しているのに、なぜかクラス一可愛い女子が迷子になり、これまたイケてる彼氏が彼女を見つけてタクシーで帰ってきたという事件がありました(多分それぞれのグループがつきあっている二人に気をきかせてあげたのだと思う)。

さえない女子高生だった私は、タクシーで帰ってきた二人を「大人だなー」と思ったものです。

 

 

朝食はかわいい喫茶店「ポケット」

翌朝、7時にはチェックアウト。

この日は滋賀の西国巡礼で予定がぎっしり。

ホテルのそばにかわいらしい喫茶店を見つけていたのでそちらでモーニング。

coffee ポケット

看板の「ト」が落ちているのがご愛敬。

レトロ感がかわいい

サンドイッチのモーニング600円

パンが美味しかったです。

お店の創業は昭和20年。

マスターは「神戸の大空襲で家を失くしたので、空襲がなかった京都に来てお店を始めたんですよ」とのこと。

烏丸御池に泊まったらまた来たいお店です。

 

京都は美味しいベーカリーが多いので、一人のときはモーニングにしないで、前日に買っておいたパンを部屋でコーヒー淹れて食べることが多いけど、友人と一緒の時はちゃんとモーニング食べます。

 

この後、大津へ移動です。

西国巡礼その4ー③姫路・26番一乗寺・27番圓教寺

朝食はアーモンドバタートースト

姫路名物を調べていたら、アーモンドバタートーストを発見。

駅に近い「はまもと」という雰囲気の素敵なカフェでいただきました。

店内はレトロ感ありとっても素敵。お客が多かったので撮影せず

アーモンドバタートーストと珈琲とモーニング

朝はコーヒーを頼むとモーニングとしてトーストとゆで卵がつくのでした。

多いかなと思ったけど美味しく完食。食べきれる自分が怖い。

アーモンドバタートーストは甘くてナッツの香ばしさもあり美味しかったです。

コーヒーは豆から選べるのですが、詳しくないのでブレンドにしました。

神姫バス一日券がお得!

姫路駅北口からバスが出ています。

同日に一乗寺圓教寺に行くなら、神姫バス一日券1300円が絶対にお得です。

一乗寺まで片道660円。圓教寺まで片道280円なので、その他にも市内観光もできます。北口のバスロータリーにある神姫バス案内所で一日券とバスの時刻表をもらいましょう)

圓教寺にはバスのあと、ロープウェイ(往復1000円)に乗ります。

 

法華山一乗寺

姫路駅北口14番乗り場から9:00ちょうどに71番のバスに乗り法華山一乗寺(9:45着)で向かいます。

バスが遅れたのか着いたのが予定時刻より遅くて焦りました。

帰りのバスが10:08だったので時間が足りないかも!?

その次は11:33なのでかなり大慌てでした。

法華山一乗寺 162段の石段がそびえます

これくらいの石段なら駆けあがります。

というのも、同じバスで来た5人と同じバスで帰ることになると思われ、時間が少ないので納経印をもらうのに待ちたくなかったのです。

みんなご年配だったので、私が本堂へ一番乗り。

本堂

蝋燭とお線香をあげて、納札を納めて、十句観音経を読んでお参りをすませる。

納経印一番乗りを狙うけどお参りをちゃんとしないと本末転倒なので。

 

ご本尊 聖観世音菩薩(御開帳 不定期)

春は花 夏は橘 秋は菊 いつも妙なる 法の華

 

花山院、播州清水寺と同じ法道仙人が開基。その神通力が都でも評判となり、孝徳天皇の病気治癒祈願を行い、その功績により大化5(649)年にこの寺を創建したとされる。

納経印

舞台造りの本殿(重文)

 

天井に納札

天井は模様のように見えますが、大量の木の納札が打ち付けられているのです。江戸時代はこのようにしていたみたいです。

国宝三重塔(1171年の造営)

三重塔

重文 護法堂(室町時代造営)

こちらの石段に紅葉の素敵なじゅうたんがきれいでした。

燃えるような赤

時間ギリギリにみんなバス停に戻ってきて、無事に姫路駅まで戻れました。

 

10:08一乗寺発のバスが駅に着いたのは10:54。

書写山圓教寺ロープウェイ乗り場行き路線バスの発車時刻は10:55。

バスが乗り場にいるのが見えます。

先ほどのバスで一緒だったご婦人が「あのバス、乗れるかしら」というので「乗れます!私、走るので来てください!」とバス停まで走り「もう一人乗りまーす」と。

ご婦人に「ありがとう、あなた、若いわー」と褒められたのでした(笑)

おだてられると張り切るタイプ。

 

その方は関西在住で、この日圓教寺にお参りすれば、後はもう33番札所の谷汲山を残すのみとか。

「もう結願ですね~。おめでとうございます」とバスに間に合った高揚感で和気あいあいと話していました。

書写山圓教寺

こちらは紅葉の名所だけあって、観光客がたくさんいました。

ロープウエイは4分ほど。この日はとても天気がよく見晴らしが良くて良かったです。

ロープウエイが混んでいたので降りてから撮りました

上記写真の左端にある最近はやりの「写真撮影用の出っ張り」ですが、高い所がやや苦手な私はあそこまで行けません。

青空に映える鉄人28号くん

なので、すごく手前で記念撮影。

圓教寺へは、ロープウエイを降りた後ゆるゆる坂道を登って15分ほどでつきますが、入山料こみ1000円を支払うとマイクロバスに乗ることもできます。

(私は仁王門を通りたかったので帰りだけ歩きました。)

平安時代造営の摩尼殿(重文)

ご本尊 六臂如意輪観世音(御開帳 1月18日)

はるばると のぼれば書写の 山おろし 松のひびきも 御法なるらん

 

「西の比叡山」ともいわれ天台宗の別格本山。康保3(966)年、性空上人が霊地を求めてこの山に入り草庵を開いたのが始まり。こちらの本堂も清水寺のような舞台造り。

 

納経印

摩尼殿の参拝を終えて、重要な三つのお堂へ向かいます。

摩尼殿から徒歩5分くらい歩きます

ここも紅葉がきれいでした

(右)大講堂・(左)食堂

常行堂

この三つの大きなお堂はどれも重文。大講堂は学問と修行の場、食堂は後白河法皇の勅願による修行僧の寝食のための建物、常行堂は修行場です。

 

ここは、映画「ラストサムライ」や大河ドラマ黒田官兵衛」のロケ地としても使われたそうです。

 

さらに10分ほど進むと、奥の院があります。

開祖性空上人を祀る開山堂などがあります。

(左奥)開山堂(中)護法堂(右)不動堂

参拝を終えて、帰りはロープウエイまで歩いて下りました。

仁王門

仁王門からロープウエイまでは三十三観音様が

歩いてくだるのは楽ですが、登るとなると運動不足の人には厳しい距離だと思います。

 

お参りの所要時間

姫路駅発のバス10:55、上りのロープウエイが11:30、マイクロバス11:38。そこから見学を開始して、奥の院まで行き、歩いてブラブラ戻ってきて、下りのロープウエイは13:00でした。姫路駅行のバスは13:09に乗りました。

割と速足の私ですが、書写山は大きいお寺なので時間をしっかり取ったほうがいいと思います。

 

帰りに紅葉の名所の好古園に寄ろうと思っていたのに、バスから見たら入場券を買うのに長蛇の列。

寺で紅葉をたくさん見たので良しとしました。

城下町ドッグ

チーズかまぼこを揚げた城下町ドッグは美味しかったです。

これだけ買うつもりが美味しそうだったので他にも練り物を買いました。

お店の前の大通りはテーブルが出ていて思わずパクリ。

食べてから写真を撮ることを思い出しました。

駅前の通りにある「やまさ」という蒲鉾屋さんは美味しかったですよ。

 

この後は、京都へ移動。友人と合流です。

西国巡礼その4ー②ダルマで有名な23番勝尾寺

宇治の10番三室戸寺への参拝の後は、大阪でお参りしそびれていた23番勝尾寺へ向かいました。

勝尾寺へのアクセス

勝尾寺へは、北大阪急行千里中央駅からバス30分、もしくは阪急箕面駅からタクシー15分です。私は千里中央駅からのバスを選びました。

ただし、平日は一日3本しかないので要注意です。(休日は増便、紅葉の時期は臨時便があるようです)

14:15発のバスに並んでいると、「臨時」のバスが14:10に来て乗車。

勝尾寺には14:45に着きました。

帰りの時刻表を確認すると

平日は3本休日は6本

臨時便の情報はありませんでした。

23番札所勝尾寺

仁王門をくぐると境内はとても広い

紅葉がきれいで観光客もとても多い



由来など

ご本尊 十一面千手観世音菩薩(御開帳毎月18日)

重くとも 罪には法の 勝尾寺 ほとけを頼む 身こそやすけれ

 

神亀4(727)年、双子の善仲、善算両上人が庵を結んだのが始まり。平安時代に、清和天皇の病気平癒祈願のために行巡上人を宮中に召しだそうとしましたが、特別な修行中だと断り寺で祈祷を行い無事に天皇の病が治ったことから、天皇から王に勝つ寺「勝王寺」の寺号を賜ったが、畏れ多いので「勝尾寺」に改称しました。

勝尾寺の納経印

 

「勝運の寺」「花の寺」としても有名で、勝負祈願の参拝をして、無事買ったらダルマを奉納するとのことで、境内にはいたるところにダルマがいました。

 

ダルマの奉納の仕方

ダルマの奉納

なんだかかわいい

崩れないのかなーと心配になります。

開山堂

こちらのお堂もよく見ると

だるまさんがびっしり

秀頼によって再建された本堂

こちらのご本尊十一面千手観世音菩薩宝亀11(780)年の7月18日から8月18日の間に妙観という仏師が彫り上げたそうで、観音縁日が18日と定められるきっかけとなったそうです。

そういえば、御開帳が18日というお寺が多いなあと思っていました。

 

こちらのお寺は、バスの本数は少ないものの駐車場は広いし、バスツアーの客も多くて、お土産物屋さんもありなかなか商売上手な印象を受けます。

 

ダルマだらけ

多くの人がダルマを買っていました。

鐘のところにもダルマ

鉄人28号くんは記念撮影

紅葉がきれいでした

アジア系の若い男の子二人がダルマがたくさんいるのを見て「カワイイ」と言っていたので、カワイイという日本語は世界でも通じるのですね。

こうして並んでいるのも「カワイイ」と思います

それにしても、誰が最初にここに置いたのでしょう。

知恵の輪がありました

知恵の輪は目が回りました

右回り7周、逆回り7周というのはけっこう目が回ります。こちらの親子の次に挑戦しました。(お一人様なので私が周っている写真はない)

弁財天



夜は姫路泊

帰りのバスは16:31なのですが、参拝も終わったことだしと16時ごろから早めにバス停で並んでいました。

するとかなりの列に。これは一台のバスでは乗り切らないんじゃないかなと心配していたら、軽自動車がバス停の傍に泊まり、スーツの人がどこかへ電話をしています。

16:20に臨時のバスが来ましたー。

これと定時のバスでなんとか乗れたかなという感じです。

早めのバス待ちを提案します。

 

明日は姫路の一乗寺書写山の予定なのでこの後は姫路へ移動です。

千里中央から新大阪を通るので、姫路まで新幹線に乗っても良かったのに、どうも私は「新幹線は東京から関西に来る時に乗る」という頭があり、関西圏内を新幹線移動する発想がなかったので、新快速という電車で姫路まで行きました。

姫路に着いたら夜の7時。

姫路おでん

生姜醤油で食べるという姫路おでん。醤油をつけなくても普通に味がしみしみでした。

食後は姫路城までお散歩。

ライトアップされた国宝姫路城(世界遺産でもある)

翌日時間が余ったら姫路城を観光しようと思っていましたが、紅葉のとてもいい季節だったためかものすごい人込みで「これは天守閣に登るまで待つな」と思い諦めました。

昔、登ったことはあるのです。

でも、できたら真っ白に修復されたシン・姫路城に上りたかったなあ~。

西国巡礼その4-①京都11番醍醐寺・10番三室戸寺・宇治観光

今回の巡礼旅は3泊4日。後半は友人と合流して初のレンタカー巡礼。

前半は、これまで行きそびれていた京都大阪姫路を巡っていきます。

11番札所醍醐寺

この日も朝5時には電車に乗り、東京発のぞみ1号(始発)に乗って京都入りです。

醍醐寺には京都から湖西線で山科まで行き、東西線に乗換え、醍醐駅下車15分くらいです。静かな朝の住宅街の中を通って行きます。

京都のお寺だけあって入山料1000円

紅葉がきれいで外国人観光客も多かったです

観音堂

ご本尊 准胝観世音菩薩(御開帳5月15-21日)

逆縁も もらさで救う 願なれば 准胝堂はたのもしきかな

 

弘法大師の孫弟子の理源大師が醍醐の深山で霊感を得て等身大の准胝観世音菩薩を刻み、安置したことが寺の起こりとされています。醍醐の名の由来は、地主神の横尾明神が湧き水を「あぁ、醍醐味かな」と行ったことから。この醍醐水は上醍醐にあります。

豊臣秀吉が「醍醐の花見」をしたことで知られる桜の名所です。

秋の紅葉もきれいでした。

納経印

池に映える観音堂

弁天堂

今回も鉄人28号くんが一緒です

本当は11番札所上醍醐准胝堂は、一般的な醍醐寺の山の上に奥の院のようにあり片道3km60分以上登らないといけないのでしたが、
平成20年に雷で焼失してしまい、現在は醍醐寺観音堂で納経印を頂けます。

迷いました。

本来の観音堂はないとはいえ、他にも上醍醐には国宝の薬師堂、清瀧宮拝殿、重文の如意輪堂、開山堂があるので、行かなくてはいけないのではないかと。

でも、この日は他にも多く周る予定があったので、納経印もいただいて、紅葉を堪能し、三宝院庭園を楽しんで次の三室戸寺に行きました。

三宝院庭園の唐門

表書院の庭

子どもの頃は分からなかったけど、年をとって日本式庭苑が好きになりました。

書院は撮影OKでした

襖絵のクジャク

10番三室戸寺

醍醐寺からは東西線京阪線を乗り継いで三室戸駅下車、駅から15分くらい歩きます。

宇治は観光地なので人が多いです。

入山料500円

山門の右手は紫陽花園。6月に来たい

またまた石段です

本堂

ご本尊 千手観世音菩薩(御開帳 不定期)

夜もすがら 月を三室戸 わけゆけば 宇治の川瀬に 立つは白波

 

宝亀元(770)年、光仁天皇が宇治の離宮行幸中に、宇治川支流で金色の千手観世音菩薩を発見し、御室の一部を仏像の現れた土地に移して、この観音像を本尊として安置したのが始まり。御室戸寺としていたが、光仁、花山、白河の三帝の離宮になったことからのちに三室戸寺になった。信長の焼き打ちにあうなどたびたび焼失し、現在の本堂は文化2(1805)年の再建。

納経印

勝運がつくという宝勝牛

牛の口のなかにある玉を触るといいらしいです。

福徳兎(玉の中の卵を立てるといいとのこと)

こちらのお寺はサービス精神が旺盛で、いろいろなご利益ものが境内にありました。

宇賀神

説明のところを写真に撮るのを忘れてしまった・・・

髭、耳たぶ、蛇のようなしっぽ、それぞれ触るとご利益があったのですが、今となっては分からず。

紅葉が映える三重塔

燃えるような紅葉に目を奪われます

宇治上神社

宇治観光と言えば平等院ですが、平等院は何度か行ったことがあるので今回は割愛。

これまで来たことがなかった宇治上神社を参拝します。

世界遺産宇治上神社

本殿(国宝) 神社建築として日本最古

世界遺産だから来たかったということも有りますが、ここ数年の古代史マイブームで、菟道稚郎子皇子がすごく気になっていたのです。

宇治上神社の御祭神になっていますね。

 

宇治稚郎子皇子についての私見

菟道稚郎子皇子というのは、応神天皇の皇子の一人で、天皇に愛され皇太子にされるも、応神天皇の死後、異母兄の大鷦鷯尊(後の仁徳天皇)と天皇位を譲り合い自殺した悲劇の皇子です。(日本書紀の記述。古事記ではたんに夭折)

でも、私はこれは事実ではなくて、仁徳天皇の謀殺ではないかと勝手に思っています。

 

大鷦鷯尊は母親が仲津姫命で王女ですが、菟道稚郎子皇子は母親が宮主宅媛ということで王女ではない。

菟道稚郎皇子は王仁を師匠として文字を習ったり、高句麗使節とも会ってる。

兄としては面白くないかも。

それなのに、大鷦鷯尊は父親の応神天皇の前では「年長の子と年少の子では年少がかわいい」発言をして、応神天皇に信頼されています。

実は大鷦鷯尊の上にもう一人兄がいて、そちらの大山守尊は「年長の子がかわいい」と答えて、父親の不興を買っているのです。

大鷦鷯尊はかなり策士?感じ悪いですよねー。

 

天皇の死後、大山守尊に謀叛を起こさせ弟皇子に殺させて、さらに弟皇子を殺して自ら王位についたのではないかなーと思っています。

 

即位までにそんないきさつがあったので、仁徳天皇は聖帝といわれるような立派な政治をしたのではと深読みしています。

あくまでも私見です。

 

菟道稚郎皇子の墓も行きました

宇治墓(菟道稚郎皇子の墓)宮内庁管轄です

宇治墓

仁徳天皇は自分の陵墓と同じ規模の墓を作らせたというだけあって大きいです。時間がなくてぐるりと回ることはできなかったけど、京阪の中から見ていました。

浮舟宮跡の碑

宇治墓のそばに倍塚として小塚があったのをいつの頃からか浮舟宮と呼ぶようになっていたとか。


太閤堤跡

宇治墓に行こうとしたら、秀吉が修復したという太閤堤の遺構がありました。

京阪宇治駅の目の前です

宇治川沿いにあります

石出しの復元

 

西国巡礼その3ー③雨の最終日・29番松尾寺・30番宝厳寺

今回の西国巡礼最終日、朝はまだ晴れていました。

身軽になるためにホテルから宅配で荷物を送り手荷物だけにして出発。

29番松尾寺へのアクセス

西舞鶴8:32 東舞鶴8:39敦賀行に乗換えて、松尾寺8:50着。

映画に出てきそうな雰囲気のある無人

ここから3.5km、途中から山道になります。松尾寺は青葉山の中腹にあります。車なら10分、徒歩50分とあります。

観光にタクシーは使っても、巡礼にタクシーは使いたくないので頑張って歩きます。

注意!松尾寺駅には平日は古民家カフェが営業していますが、休日は閉まっていて、おまけにトイレも使えません。

駅前とお寺に自販機はないので、出発前に飲み物など用意したほうがいいでしょう。

(国道沿いに自販機はありました)

松尾寺口までは数少ないけどバスもある(でもここから歩30分)

健脚自慢の私は急坂ほど燃える(笑)

とはいっても、こちらは距離は長いけど花山院ほどの急坂ではありません。しゃべりながらいけばそんなに大変ではいのでは?(私は一人なので途中歌を歌ってた)

紅葉の季節だからか参拝客は多く、車が何台も登って行きます。

途中軽トラのおじさんに「あんた、元気だね」と褒められ、40分ほどで踏破。

最後の石段

山門が見えたときはほっとしました

歩けるけど、ゴールが見えるとやっぱりほっとしますね。

松尾寺

現在本堂は工事中でした。

本堂は工事中

 

ご本尊:馬頭観音(西国霊場で唯一)

「そのかみは 幾世経ぬらん 便りをば 千歳もここに 松の尾の寺」

和銅元(708)年、唐の僧威光上人が母国の霊峰馬耳山に似た青葉山に上り、馬頭観音を感得しここに庵を結んだのが始まりとのこと。

青葉山は古来修験道の行場でした。

納経印

春と秋に宝物館は公開されているのですが、予約制とあったので今回は諦めます。

寺務所で納経印を頂いている時に、「どこから来たの」「次はどこに行くの」というお決まりの挨拶をうけて、「これから竹生島宝厳寺に行って千葉に帰ります」というと「今日は風もあるし、これから雨が降るからフェリーが出るか確認したほうがいいよ」とご住職に言われる。

確かに、風が割と強く吹いてます。急に心配になりました。

琵琶湖汽船は欠航?ハラハラの移動

納経印をいただいて、またしても40分近くかけて(帰りは下りなのですごく楽)松尾寺駅まで戻り、ペットボトルも持ってないので汗かいた分を補給できずに待合室でじっと休憩。

琵琶湖汽船近江今津港に電話をかけて、フェリーの運行状況を聞きます。

「天候次第で欠航になるかもしれませんが、午前の便は出航しています」との答え。

「午後も早めにお越し頂ければ」、「欠航のときは30分前までに連絡します」という。

 

私は松尾寺駅(11:13発)から敦賀行に乗り、上中駅(12:10着)で降りて西日本JRバス若江線(12:15発)で近江今津(12:55着)まで行く予定でした。

フェリーは近江今津港14:20発で竹生島に行き、帰りは長浜港へ行く横断コースを予約済。

急いで行きたいけど(駅には10時半には戻ってきていた)、JR小浜線が11:13まで来ない。この時間、1時間に1本ではなく、2時間に1本レベルでした。

そうこうするうちに雨も降ってきました。それもけっこう斜めに。

どうしようーー。車窓から外を見ていると霧もかかってくるしフェリーは出ないんじゃないかという気持ちになってくる。

 

12:10に上中駅で降り、バスの乗車券を駅で買い(1010円)、12:15発のバスに乗る。予約したフェリーより1本早い13:10発に乗れるんじゃないかなと思う。

もし、欠航なら13:10の新快速で京都方面に行き、醍醐に行くプランBも考える。

(滋賀は今月友人と周るのでとっておきたい)

 

近江今津駅でバスを下りて電話すると、13:10は出航するという。

「これから走っていくので載せてください!」というと「お待ちしています」とのこと。

近江今津駅から乗り場まで5分弱の道のりを走って行きました。

 

竹生島

霧に煙る湖と鉄人28号くん

無事、宝厳寺に行くことができて良かったです。

窓の外は雨で煙って全く何も見えないですが、神秘的だと前向きに考えます。

今回行けないとなると、あと2回予定している西国巡礼の動線を練り直さないといけないと思っていたので、船が出て良かったーー。

これも夫さんが守ってくれるからかもしれないと思う。

 

フェリーの中では、竹生島の説明VTRが流れ、面白く見る。

島の名前は「(神を)斎く島(いつくしま)」から、「つくぶすま」に変わり(都久夫須麻神社もあります)、「竹生島(ちくぶしま)」になったというので、どんだけ伝言ゲームへたなの?!とか思うけどまあいいかと受け入れる。

フェリーに乗れたので気が楽になり、何を見ても楽しく思う。

竹生島」の漢字は、島の形が楽器の形の「笙」に似ているからとか。

へぇー、そうですかー、なるほどねーとなんでも受け入れる。

パワースポットぽい佇まい

竹生島に降りて、長浜港行のフェリーは乗換になるので乗り場を確認してから観光開始。

島に上陸したら、拝観料600円かかります。

65分あるので慌てずに見ることができるので、雨がかなり強くなってきて石段など滑らないようにゆっくり上ります。

30番宝厳寺

宝厳寺までの石段

30番宝厳寺本堂

まず、第一の目的の宝厳寺へお参りをし納経印を頂く。

ご本尊 千手千眼観世音菩薩

「月も日も 波間に浮かぶ 竹生島 船に宝を 積むここちして」

神亀元(724)年、聖武天皇が夢枕にたった天照大神のお告げを受け、行基が弁財天像を刻んで本堂に安置し、翌年観音堂を建立し、千手千眼観音像を安置したのがはじまりとされる。

宝厳寺の納経印

 

 

片桐且元が植えたというモチノキ

その後、片桐且元が植えたモチノキを見て、三重塔を見る。

復元の三重塔は新しいのできれい

こちらの三重塔は1484年に建立されたものの江戸時代に落雷で焼失し、2000年に再建されたものです。

本来ならこのあたりの高台から見る景色は絶景らしいのですが、雨で真っ白で何も見えません。

宝物館(300円)で立派な弁財天像などを見てから、石段を下りて国宝の唐門へ。

国宝唐門



秀吉が建てた大阪城極楽橋の一部で現存唯一の大阪城遺構とのこと。桃山時代の建物らしく唐破風で黒漆に金の装飾がゴージャスですね。

重文の船廊下は、秀吉の御座船「日本丸」を利用して建てたと伝えられています。

唐門から中は写真撮っていません。

 

船廊下を通り抜けて、都久夫須麻神社(本殿は国宝)にお参り、ご祭神は湖水を支配する浅井姫命。明治の神仏分離令までは竹生島明神と称し、宝厳寺別当としていました。

本殿は幾度か焼失したものの、秀頼が伏見城の日暮御殿を移築して、内部には狩野派の天井絵や蒔絵の柱など極彩色飾られているそうです。

そうはいっても、外からお参りするときにはその豪華さはわかりませんでした。

かわらけ投げの鳥居

龍神拝所から湖を見ても真っ白。

ここでは、かわらけに名前と願いを書いて投げて、鳥居を無事にくぐると叶うというのですが、そういう占いや願掛け系は今のところやる勇気がありません。

 

出航10分くらい前には港近くの売店に降りてきたので、近江牛まんを食べる。

考えたら、お昼もまだ食べていなかった。竹生島には軽食を売る売店はあっても、飲食店がありません。お腹すいたー。

14:40の長浜港行は時間より少し遅れて到着。

長浜港までは、長浜ゆかりということで、浅井長政姉川の戦いについてや、豊臣秀吉のVTRが流れる。

無事にお参りまで済ませたのでほっとして気分も晴れ晴れと見ていました。

数人いた若者は歴史に興味がなさそうでずっとスマホを見ていたけど、おじさんグループは姉川の戦いなど、相づちいれながら見ていて、私もコッチ寄りだなと思う。

 

鯖そうめんを食べて帰途へ

長浜港に15:10についてから、本当は新幹線は18:57のひかりの指定席を取っていたけど、疲れていたのと雨で観光する気もなかったので、鯖そうめんだけ食べて自由席で帰ることにしました。

成駒屋さんの鯖そうめん990円

鯖そうめんは鯖が甘く柔らかく煮てあって、疲れていたのでとても美味しく感じました。

16:57の米原発ひかり658号で帰宅。自由席も満席ではなく8割がた埋まるといった感じで、新横浜すぎくらいからは半分程度。

予定より2時間早く家に着きました。

 

今回は、旅行前に飲み会に行ったりして寝不足から始まったのと、徒歩移動が多かったので疲れたなあという印象が強かったです。

今回も丹後、若狭、竹生島と移動距離が長かったです。

 

番外札所も併せて36山のうち、今回で20山までお参りできました。

コロナの第8波が始まりましたが、あと2回の巡礼旅行も無事にできますように。

西国巡礼その3ーおまけ・京丹後鉄道あかまつ号と舞鶴観光

西国巡礼第三弾の2日目は午前中に28番成相寺のお参りを終えて午後は観光しました。

あかまつ号は楽しい

あかまつ号

あかまつと書いてます

天橋立(11:30発)から西舞鶴(12:20着)までの50分、あかまつ号は座席だけでお食事はありません。

レストラン列車のくろまつに乗りたかった

水戸岡鋭治氏デザインで木が多く使われていて、おしゃれです。

向かい合わせ席とソファ席、窓に面したテーブル席あり

ただ、事前に座席指定するわけではないので、先着順に座っていくので、私のようなおひとり様は当然相席になりますよね。

女性のスタッフさんが振り分けてくれますが、今回はとりあえずみんな納得して座ってくれたけど、ごねる人がいたらどうするのだろうと思いましたよ。

私はソファ席になりました。景色に背を向けることになり、絶景のところでは子供のように靴を脱いで窓の外を見ていました。

ものすごいピンボケ

 

シンガポールの女性と相席になりましたが、私が英語ができないので会話が弾まず。

むしろ日本大好きな(そう言っていた)彼女がカタコトの日本語を話してくれました。

乗車証と記念のマグネット(右上の丸いもの)

スタンプを押したり乗車券を貼ったり

乗車記念のマグネットを見たら「カワイイー」、

由良海岸

海を見たら「キレイネー」、

有名な由良川橋梁

由良川橋梁(赤松バージョン)

由良川橋梁の上では「スゴイネー」と言ってくれて、日本人としてちょっと嬉しい。

有名な由良川橋梁や、由良海岸などフォトジェニックな場所では教えてくれるし、飲み物なども頼んで50分の小旅行を楽しみました。

丹鉄珈琲とうさくまケーキ

舞鶴観光

西舞鶴で降りた後、宿泊予定の舞鶴グランドホテルは駅前なので荷物を預け観光開始。

西舞鶴駅前から循環バスで市役所前まで行き、舞鶴の赤れんがパークにいきました。

循環バスは30分ごとに出ていて便利です。

舞鶴観光は、海軍ゆかりの港巡り遊覧船がお目当て。

事前にweb予約しておいて、チケットを赤れんがパークで引き換えて、出港までの間はカフェで海自カレーを食べました。

5号棟カフェで海自カレー950円

カレーは美味しかったですよ。

レトルトもあります

 

海軍ゆかりの港巡り遊覧船

ほぼ満席

港巡りの遊覧船は予想外に面白かったです。

イベントに行ってしまって、いつもより港内にいる船が少ないとのことでしたが、それでもなかなか迫力ありました。

港内に停泊中の船(名前忘れました)

迫力あります

港内に

そして、ガイドの海自OBの方の話の上手いこと。

みんな大笑いしながら聴いていました。

護衛艦など船だけでなく、造船所なども見ます。

30分のクルーズ、艦隊好きな小学生の男の子が帰りに「もう一回乗ーりーたーい!」とお父さんに言っていました。

 

反戦平和主義の私ですが、災害の時など一生懸命に任務を果たしてくれる自衛隊員の方々には頭が下がります。

引揚記念館

観光船を降りた後、引き揚げ記念館に行きたかったけど、バスがありません。

泣く泣く赤れんがパークからタクシー、片道2330円かかりました。

帰りは東舞鶴駅までやはり2330円。車の運転ができないときついですね。

(でも、ペーパードライバーを卒業する気はない)

引揚記念館

 

引揚記念館は、もうしょんぼりしてしまうというか、切なくて悲しくなりました。

ラーゲリ(収容所)生活の再現

映画とのコラボ企画

二宮和也さん主演の実話を元にした『ラーゲリより愛を込めて』とのコラボ展示もありました。

他の地域からは割と早く日本に帰れたのに、ソ連に抑留された人たちの帰国がかなり遅れたこと。

俘虜郵便でやりとりができたことなど、知っているようで知らないことも多かったです。

舞鶴は引き揚げ港の中で一番最後まで残っていたそうですね。

展示の中に、舞鶴港で帰国者が大歓迎されたのを見て、

「俘虜となった自分がこんなに暖かく迎え入れられるとは母国はありがたい」という趣旨の文を見て、敗戦で価値観が変わった内地と外国で俘虜生活を送っていた人たちとの考え方の違いを感じました。

苦難の末に帰ってこれた人はいいですが、帰れなかった人を思うと本人や待っていた家族はどんな気持ちだったのだろうと胸が痛いです。

復元された桟橋

岸壁の母」の歌は知っている

夕日がきれいで胸が痛くなる

「あぁ母なる国」の碑

 

手を合わせた形の「望郷慰霊の碑」

方針盤はナホトカを指すナホトカ

見学を終えて裏手の展望台から桟橋の復元を見る。かなり小さいのでびっくり。

展望台までの道は桜並木。多くの戦友会の植樹によるものでした。

タシケントの第4ラーゲリ会の桜

 

解説板を読みながら泣きそう

以前に私はウズベキスタンに旅行したことがあり、タシケントの日本人墓地にも行ったことがあります。

かなり時間が経っていますが、その前後やその時の旅行のことを書いた記事を再度紹介しますね。

 

xiaorentraveldiary.hatenablog.com

 

引き上げの体験や故郷に帰れないといった辛い思いをすることがないように、戦争や棄民といった誤った政策が取られないことを祈ります。

 

今日は私にしてはかなり観光要素が強かったです。

お天気が良くて気持ちよかったですが、最終日の明日は雨予報。

明日は駅から徒歩50分の松尾寺と、フェリーで竹生島に渡り宝厳寺に行く予定。

琵琶湖汽船は欠航にならないか?!

もし、近江今津まで行って欠航になったらどうしようか(竹生島から長浜港へ渡り、米原から新幹線に乗る予定でした)、とプランBも考えないと。

滋賀は今月下旬に友人と周るので、それ以外となると宇治か醍醐か・・・

動線悪いー、なんとか出港してーーと祈りながら就寝。

西国巡礼その3ー②丹後路28番成相寺・天橋立

西国巡礼2日目。今日は珍しく観光要素が多い日でした。

天橋立へ移動

海の京都バージョン

今日の移動は丹後鉄道。福知山6:32発宮津で乗り換えて天橋立7:39着、朝のうちは霧に包まれていて天橋立は大丈夫か心配でしたが、夜が明けて明るくなるにつれて霧も晴れていきました。

午後はあかまつ号に乗る予定ですが、偶然海の京都バージョンに乗れてちょっと嬉しい。

海の京都内部 おしゃれー

 

天橋立駅で降りてもまだ朝早くて人がいません。

成相寺に行くには、天橋立を渡った先からケーブルカー(4分)で傘松公園に登り、そこからバス7分です。

天橋立の向こうにいく観光船はまだ動いていないので、まずは天橋立2.5kmを歩いて渡ります。松並木の中を歩いていきました。

天橋立を歩いて渡りました

意外と散歩されている方が多い

ケーブルカー

景色が良くて、歩いていて気持ちが良かったです。

ケーブルカーの乗り場を探していると、観光船の乗り場がありました。

そこで、セット券を勧めてもらいました。かなりお得でした。

 

私は、観光船(片道)とケーブルカー往復のセット券1200円を利用(このセット券の特典として成相寺へのバス・入山料込みが1120円が800円になりました。

ケーブルカー乗り場 

ケーブルカーでなくてリフトも選べますが、高いところが得意ではない私はケーブルカーにしました。

ケーブルカーから天橋立を見る

 

登った先の展望台からは天橋立が綺麗に見えました。

天橋立日本三景と呼ぶに相応しいと思いました

これで日本三景はコンプリート。

鉄人28号くんにまたのぞき台に乗ってもらう

また覗きをしている人も多いですが、ふらつきそうで私は遠慮。そもそもあれって、また除きしているところを記念撮影するもので、一人で来ている人があれを真剣にやっているのを見たことがない。

成相寺

私は天橋立の観光と成相寺のお参りの後で、あかまつ号11:30発に乗る予定だったので、バス、ケーブルカー、観光船の時間を組み合わなければならなくて慌てました。

成相寺行バス乗り場

朝一のバスは9:30発だったので。ケーブルカーが9時から動いていたので、バスも9:15始発にしてくれればよかったのに・・・

結局、成相寺には9:40頃について、10:00のバスで降りてきたので慌ただしいことこの上ない。紅葉が綺麗だったのにもったいない。

山門

本堂

お参りだけして、あとはざっと見ただけでした。内陣は三年ぶりに見学できるとのこと。良かったです。

左甚五郎「真向きの龍」

本堂内は撮影禁止ですが、この龍は撮影可能です。どこから見ても龍と目が合います。

 

ご本尊:聖観世音菩薩

「波の音 松のひびきも 成相の 風ふきわたす 天橋立

慶雲元(704)年、文武天皇勅願寺として真応上人が創建。

上人が山に籠って修行中に大雪で飢え死にしそうになったとき、ご本尊に祈ったところ堂の外に鹿が倒れていたので肉食の禁を破って食べて命を繋いだ。後で、観世音菩薩の脚が欠けていることに気づき、残片をご本尊の身体に着けたところ元通りに「成り相へり」となったのが成相寺の由来だそうです。

納経印

五重塔(復元)

慌ただしかったですが、紅葉がきれいでとても良かったです。

帰りは観光船で

 

観光船乗り場の前で栗ソフト

観光船(10:45発。観光船は毎時15分と45分発)では、カモメにかっぱえびせんをあげている人も多かったです。

トンビも船に並走して迫力ありました。

かもめとトンビと天橋立

だけど、私は動物苦手なのであまり近づかないようにしました。

天橋立を船の上から見ることもできて、視点が変わって面白い。

歩いて、上から見て、横から見てと、満喫しました。