しゃおれんの旅日記

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名古屋で美術館三昧

まだ行っていなかった美術館と博物館へ。

ヤマザキマザック美術館「杉浦非水の世界」

みつこしタイムズの表紙がチケットに

地下鉄東山線新栄町駅直結。

三越やカルピス、ヤマサ醤油などの広告ポスターで知られる杉浦非水の企画展に行ってきました。

「レトロ・モダン・おしゃれ」というコピーの通り、デザインや色合いがとてもおしゃれでした。

真ん中の地下鉄のポスターは歴史の資料集に載っていたかも

洋装と和装の入り乱れる大正から昭和初期って、今、流行ってますよね?

マンガなどでも、レトロなお嬢様ネタを最近よく見る気がする。

三越の広報誌や「ちうもんのしをり(注文の栞)」という小冊子を、手に取って見られるお嬢様ならいいけど、この時代の奉公人に生まれていたらキツイなー。

 

ポスターや雑誌などの商業デザインの展示だけでなく、レセプションドレスや、モダンガールの着るデイスーツ(ポスターに描かれているような最新の洋服)の展示もありました。

ドームの花器やガレのランプ、寄木細工の家具などもあって、全体におしゃれな印象。

 

ミニマリストをめざしていて、華美な装飾は要らないと思ってはいるけど、こうしたきれいなものを見て、ワクワクする感情が残っていて安心しました。

自分では欲しくないけど、たまにはガレやラリックのランプや花瓶を見に来よう。

 

常設展も充実していました。ロココブーシェフラゴナールに始まり、ピサロユトリロなどフランスの絵画が並んでいます。

ロココ時代の絵画って、露出が多くて品がなく感じる絵も多いけど、こちらのはそんなことなかったです。(芸術が分からない一般人の感想と思ってください)

 

名古屋市科学館「化石ハンター」展

プラネタリウムは国内最大級

プラネタリウムに行きたくて訪問したら、待ち時間があったのと、特別展が面白そうだったので見学。

ゴビ砂漠とヒマラヤの超大型獣の化石ハンターの展示でした。

どちらかというと化石より、古墳などの遺跡発掘の方が好みですが、なかなか面白かったです。

研究者たちのインタビューなどもあり、写真も撮り放題(インタビューなどの動画の撮影は不可)。

復元展示だけど迫力満点

手前)チベットケサイの骨格標本 奥)生体復元標本

「アウト・オブ・チベット」説

まだ辞書に載っているような定義ではないそうですが、『すでに「第三の極圏」として機能していた鮮新世チベット高原で、この地の厳しい寒さに哺乳類が「事前適応」し、第四紀更新世の本格的な「氷河時代」が到来した時に、チベット高原を下りアジアやヨーロッパなどの高緯度地域に進出したという説です。「氷河時代」の哺乳類の起源に迫る新説ともいえます(中略)この説のきっかけとなった化石こそがチベットケサイなのです』(説明看板から引用)

へぇーーと思いながら見る。

このチベットケサイの寝袋が10万円でミュージアムショップで売られていた。

「欲しい!」という子供に「こんなの着て寝ていたら、熊かと思って打ち殺すわよ」と言ったお母さん、怖いー(笑)

熊じゃなくて、サイだけど。

 

常設展も楽しかった

常設展はどちらかというと子供向けの体験型が多かったです。心なしか外国人の親子連れも多かった。

竜巻ラボ

竜巻の仕組みを学芸員さんがマジックショーのように説明してくれる。

鉱物を見ると夫さんを思い出す

人体スタジアムは空いていた

人体のふしぎのコーナーがすいていたので、おばさん一人なのに楽しむ。

人体ランニング

お手本と同じように腕を振って映像のランナーを走らせるというもの。

ほめられるとうれしい

画像と同じポーズをとるゲームでは☆3つ。

大人が本気出すと楽勝

子ども向けのゲームに真剣になってしまった。

50代の平均値を知りたかった

音が鳴ったり、光ったら、ボタンから手を放すというゲーム。

若者はもっと早いんだろうなあ。
夫さんがいたら絶対二人でムキになって対戦したはず。

そんなこんなで、プラネタリウムの時間になったので会場に入ります。

 

久々のプラネタリウム

甥が小さい頃はよく区のプラネタリウムに行ったので懐かしい。

平日なので事前に予約しなくてもチケットは買えましたが、休日は事前に予約した方が良さそうです。8割がた席は埋まっていました。

全席指定です。

ワクワクしながらリクライニングシートに座り、夜空を見上げる。

探査機の話をしていたけど、もはやよく覚えていない。

「日没後に木星が見えます」という女性の優しい声のアナウンス。

星がたくさんできれい。

冬の大三角を見ていたのだけど、気が付いたら「明けの明星の金星」の話をしている。

50分間の放映中、どれだけの時間、私は星空を見ていたんだろう??

もったいない。今度はしっかり寝てから来ようと思った。

 

名古屋市美術館「ガウディとサグラダファミリア」展

東京、滋賀の次に名古屋へ

科学館に隣接する美術館。

ガウディの発想が分かる展示で面白かった。

「創造は、人を介して途絶えることなく続くが、人は創造しない。人は発見し、その発見から出発する」という名言にしびれる。

天才とか奇才とか言われているけど、自然の中にあるものを発見したという。

 

放物線が強度が強いということを実験していた「吊り実験」(紐に重りをぶらさげて安定した形は強度が高い)の模型とか
(すみません、メモを取らずに見ていたので若干勘違いがあるかも)、

スペインはムデハル様式というイスラムの影響を受けた建築物があり、それらも活かしたデザインを作っていました。

感心しながら見ていた割に、メモを取らないとあっけなく忘れる。

これが歴史なら予備知識があるから、メモが無くても割と覚えられるんだけど、芸術とか建築とかは、感心するけどすぐ昇華してしまう。

 

私は、サグラダファミリアには2度ほど行っています。

一度目は1997年。

まだ側面しかない

この時は、3週間でスペインとポルトガルを一人で放浪して結構大変でした。(まだネットも普及してなくて、私が英語もスペイン語もできないから)

塔の上から見た眺め

この頃は工事現場が緩かったのか、いくらかお金を払ったら塔の中を登れたんですよね。

まだ天井もできていなくて、完成するのはいつのことだろうと思っていた。

安いフィルムで、すごく画像が悪くてすみません。

 

次は2011年に夫さんとツアーで。

この時には天井はできているし、ステンドグラスも入っていて、「これは生きているうちに完成するかも」と話していたのでした。

今回の展示でも、聖堂内の映像が公開されていて、後は外陣や附属の建物だけなんじゃないかと思った。

 

常設展もあわせて見学した。

岡鹿之助(先日上田市美術館で見た)の絵が1枚だけあって、やっぱり色合いが好きだと思う。

藤田嗣治モディリアーニ、スーチンなどのエコールドパリの時代の絵や、メキシコルネサンスのリベラの「プロレタリアの団結」などは、興味深く鑑賞したけど、モダンアートはやっぱり苦手。

あっさり見学を終えました。

 

徳川美術館名古屋城は訪問済み、犬山城岐阜城も行っているとなると、これからも来るであろう名古屋で、どこを観光しよう。

ジブリも全作品見たわけじゃないし、レゴランドはおばさん一人だとちょっと・・・

ライブに備えてホテルで体力温存だけというのもちょっとつまらない。

CNBLUEのライブ、名古屋はいつも入っているけど、次は福岡にしてくれないかなあ。

断夫山古墳・白鳥古墳を訪ねて

推しのジョン・ヨンファのライブのため名古屋に遠征。

二日間のライブのために観光は軽めにしました。

今回は夜行バスで

前回、募金をしたら最前列の席になったので(因果関係は全くない)、
今回もあわよくばとチケット発券前に募金に行く。

今回は名古屋なので、新幹線ではなく夜行バスで。

東京から名古屋の夜行は3000円で、ウィラーのポイントがたまっていて、2800円で行けたので嬉しい。

浮いた分を募金したので善意のお金と思ってほしかったけど、下心がバレたのか普通の席でした。

 

以前、関西に古墳めぐりをするときなどは、夜行バスで行っていました。

古墳は朝早くから見学可能なので、現地に早くつくほうが良いので。何より安いし。

でも年のせいか、夜行バスは疲れますね。

 

夜行バスに乗るために11時半ごろ山手線に乗っていたら、車掌さんが「遅くまでお仕事お疲れ様です。帰ったら暖かいお風呂で温まって下さい」云々のアナウンスをしていたので、感動してしまった。

12時前に電車に乗ることなんてないから、思いがけず優しい言葉を聞くと嬉しい。
私は仕事ではなく遊びに行くんだけど。

朝ごはんはぴよりん

名古屋には何度か来ていて、駅構内で気になっていたぴよりん。

いつも列ができている。

モーニングなら並ばずにぴよりんが食べられるんです。

小倉あん付ぴよりんモーニング1300円

ぴよりんは中にプリンが入ったババロアだったんですね。

美味しくいただいて非常に満足。

 

断夫山古墳

以前、西国巡礼の帰りに名古屋の志段味古墳を見学しました。

 

xiaorentraveldiary.hatenablog.com

その時に見学した「しだみ古墳群ミュージアム」で、愛知県最大の古墳「断夫山古墳」を知る。

尾張連草香もしくはその娘目子媛の墓かも、というので気になります。

目子媛は、応神天皇五世孫として皇位についた男大迹王(継体天皇)の妃。
越を本拠としていた男大迹王に娘を嫁がせるって、どれだけ先見の明があったんだろう。

目子媛の息子二人は安閑天皇宣化天皇として皇位に就きますが、正妻の手白香皇女の息子の欽明天皇の子孫がその後主流になっていくので、歴史の負け組応援派の私としては非常に気になる目子媛。

 

断夫山古墳には、名鉄名古屋から金山駅で、名城線に乗り換えて、西高蔵駅で降りて大通り沿いに5,6分歩くと着きます。

断夫山古墳

東海地方最大の前方後円墳。全長151m、前方部の高さ16.2m、後円部の高さ13m、三段築成。6世紀初めに作られたと考えられるので、尾張氏の首長(草香?)の墓と考えられます。

普段は立ち入り禁止

御墳印?!

御陵印ならコンプリートしたけど、御墳印まで始まったのか・・・

熱田神宮公園の中にあり、お散歩やランニングをする人多数。

周りには周濠のような空堀があり(多分後から作ったものと思われます)、ぐるりと一周できます。

造り出し

断夫山古墳の名前の由来は、日本武尊の妃の宮簀媛(ミヤズヒメ)の墓と考えられていたため。

すぐそばに日本武尊の墓とされる白鳥古墳があり、そのそばにある古墳をミヤズヒメの墓と推定したからなのです。

でも、「夫を断つ山」ってねぇ。「想夫山古墳」でもいいのに。

白鳥古墳

断夫山古墳から、住宅街を歩いて5分くらい。

日本武尊の墓と伝わる白鳥古墳があります。

白鳥古墳(白鳥御陵)

全長約74mの前方後円墳。前方部と後円部の東部分が削り取られて原型が損なわれています。

日本武尊が白鳥となって、熱田の宮に飛んできて降り立った地とされているので、白鳥御陵と名付けられたそうです。

でも、前回云った志段味古墳群のそばにも白鳥塚古墳はあった。

(こちらは全長115m、愛知県下3位の規模)

 

大阪の古市にも白鳥御陵はあったっけ。

 

xiaorentraveldiary.hatenablog.com

古市の白鳥陵古墳は宮内庁の拝所がありました。

全長200m、高さ23.3mの前方後円墳という規模だから、ここが本物なのかしら。

って、日本武尊の存在自体が謎なのに。

実は私は、日本古代史最大のヒーロー、日本武尊サイコパスとしか思えず、あまり好きではない。

各地に日本武尊伝説があって、その像や説明看板などを見るたびにへぇーーと思う。

 

白鳥山法持寺

白鳥御陵を鎮守とするお寺がありました。(お寺なのに、鎮守?)

白鳥山法持寺

弘法大師熱田神宮へ参詣した際に、日本武尊を慕い、自ら本尊の延命地蔵菩薩を彫って、祠を建立したのが始まりとされています。

白鳥御陵を鎮守として、その宝物を護持する寺だったので、始めは「宝持寺」と称していました。

戦国時代には、織田信長桶狭間の戦いに向かう途中に必勝祈願をした寺とも伝えられています。

文人墨客が立ち寄ったので、歌碑も多くあります。

昭和32年から30年間、三保ケ関部屋の宿舎になって、横綱北の湖にゆかりのある寺としても有名です。

(由来の説明板をざっくり引用)

門を入ってすぐに北の湖の碑があった

弘法堂

こんなにのどかなお顔のお大師さんて珍しいかも

熱田神宮へ参拝

前に名古屋ウィメンズマラソンに出場した際に、夫さんと参拝しました。

その時はひつまぶしも食べましたよ。

今回は参拝するのを迷ったけど(夫さんを思い出してしまうから)、近くまで来たのに参拝しないのはいけないと思い参拝。

静寂な雰囲気が好きです

宝物館を見学しようとしたら、臨時休館だったのでがっかりしながら帰りました。

 

麺家獅子丸の絶品ラーメン

行列に並んでまで食べたりしないのだけど、名古屋に詳しい友人が薦めてくれたので、なんと一時間も待ちました。

ちょうどお昼時に行ったのが悪いんだけど。

ずっとNetflixで「サムダルリへようこそ」というドラマを見続けていた。

有名店らしくすごい行列でした

伊勢海老ラーメン1100円

少し泡立てた濃厚スープは、一人なのに思わずにやけてしまうほどエビの味がして美味しかったです。

豪華盛500円

麺類を頼んだら注文できるおつまみセット。これも友人のお薦め。

タコの和え物とローストビーフとポテサラ。美味しかったです。

待った甲斐がありました。

予定をぎっしり詰め込んだ旅行のときは食事を抜くこともあるのに、夜のライブに備えてあまり動かないようにしていたので、一時間待つのも折り込み済み。

 

上田市立美術館「上田クロニクル」展へ

友人と温泉旅行。

岩屋館から10時の送迎バスで上田駅まで送ってもらいます。

今日は、美術館に行ってから、上田城址公園に行ってポケモンを捕まえようと思っていたのですが、どうも天気が悪そう。

サントミューゼはアリオの向かい

文化複合施設のサントミューゼ

こちらのサントミューゼという建物は、円形の広場を巡って建てられていて、内装は木を多用していてとってもおしゃれな感じでした。

写真は前日、晴れたときに撮影。

送迎バスまで時間がなくて延期した美術館には翌日行きました。

上小立体等作品展

小中学生の作品展

企画展を見る前に、子どもアトリエでの展示が気になって友人と鑑賞。

工作の作品の展示に夢中になってしまった。

段ボールでできた、いかにも小学生の工作のような作品もあれば、「これ、親ががんばったのでは?」のようなものもあり、

高学年になると一気にクオリティもあがってくるし、

中学生の作品は「すごいなあ」と感心しきり。

感想を書くノートにあまり書いている人がいなかったので、私たちは見開き2ページをほぼ埋め尽くす(友人はとても字がきれいなので、友人に書いてもらう)

「粘土の像は生き生きとしていて、躍動感があふれてました。顔が小さくて足が長いのがイマドキでした」

「中学生のナスは、冷蔵庫で少し置きすぎたような弱った感じも出ているリアリティにあふれていてよかったです」

とか

中学生の仮面は、おでこには銃痕、口から機関銃の銃口が出ていて、題名が『論破』、解説文もすごく考えて書かれていましたし、他の仮面の作品も心情を表しているというか、こういう風に思いを芸術という形で表現できる子はいいなと思った。

「仮面の作品は、どれも中学生の思春期特有の懊悩や葛藤をうまく表しているように思います(私が書く役ではないから、普段使わない言葉遣い)」

「ちょっとー、難しい漢字使わない言葉で言ってよー」

イスラム教のモスクを段ボールで作った作品も二人で感心。カッターの使い方や、セメダインがはみ出しているところなどが子どもらしくて、また好ましい。

私たちには、子どもがいないので、子供の工作を手伝う苦労や、工作がたまって邪魔になる嬉しい悲鳴も経験なし。

よその子の作品なので、気楽に楽しんできました。

子どもの名前って、今はみんなこんな感じなのねーと思いながら見る。

「上田クロニクル」展

美術館の企画展を見学。

上田を中心に活躍した芸術家の100年の年代記という企画です。

チケットは岡鹿之助

みすず飴が好きなのでお土産に買ってきました。

チケットにも使われた岡鹿之助さんの絵がポスターにも使われていて、

昔見たアンリ・ルソーの素朴派をリスペクトした企画展のイメージで見学開始。

おや?

ちょっと違う?

左奥が岡鹿之助

撮影不可の作品もありますが、撮影OKでSNSで紹介可ということなので、いくつか撮りましたが・・・・

芸術性が高いとか芸術の方向性を語るほど、私は芸術がよくわかりませんが、たんに好みの作品がなかったです。

絵具を塗りたくったようなモダンアートや、「もうちょっと仕上げてから出さないと」と思うような油絵などもありました。

アンリ・ルソーグランマ・モーゼスのように、描きこんでちゃんと塗っている人の絵のほうが好きなんだなあと改めて思った。

(私が好きな西洋画家はモネやピサロです)

友人が「これなら私でも描ける」とか言う。私もそう思ってしまう。(←失礼)

 

新幹線は自由席で大丈夫でした

美術館の後は上田城址公園と思っていたけど、雨が降ってきたのでとりやめ。

サントミューゼの向かいにあるアリオでランチして、もう帰ろうかと。

今回は温泉で癒されておしゃべりするのが目的だったので。

往復とも大宮-上田だったので、並びで指定席が取れず(事前に予約してないから)、自由席に並びました。

行きは、なんとか並びの空席を見つけて安心。

帰り14:41発のあさまは上田は8割がた空席、軽井沢で満席になりました。

上田は雨、軽井沢で雪になり、大宮はまたも雨。

大宮で友人と別れて帰宅。

温泉に浸かって、美味しいもの食べて、おしゃべりして。

今回は歴史的な要素が皆無だったけど楽しかった。

 

先週も突然お台場までドライブに誘ってくれたし(引きこもっているので都会が輝いて見えた)、今回もこうして温泉旅行に誘ってくれて、本当に友人ってありがたい。

夫さんが亡くなったばかりの頃、私は放射線治療明けで弱っていたこともあり、友人たちが入れ替わり様子を見にきてくれました。

今は、あの頃よりだいぶ元気になったので、友人たちにもそれほど心配かけてないと思う。

上田が真田の街と知らなかった友人と旅行

激務に疲れた友人が、温泉旅行に誘ってくれました。

上田は真田推しの街

私は以前上田には来たことがあり、上田城址公園は訪問済。

友人は、城も真田も興味がないと思われたので、美味しいものを食べて温泉に浸かって休もうと考えて、ほぼノープラン。

(興味がない友人を付き合わせるほど、上田城址に行きたいわけではないし、真田推しでもない)

友人はポケモンGOをしているので、ポケモンが捕まえられると嬉しい様子。

駅前には真田幸村

上田は街のいたるところに、この六文銭と、真田十勇士の像など真田ゆかりのものがあふれており、真田推しの人には聖地です。

しかし、友人は真田も、上田が真田ゆかりの地ということも知らなかったのです。

「そんなに人気の人なの?」

「多分、幸村っていうか信繁は、人気の武将ベスト10に入ると思うよ」

「何した人なの?」

駅前に簡単な家系図と年表があったので、とりあえずざっくり説明する(私は元社会科教員)。

「元は武田の家臣で、武田滅亡後は秀吉について、関ケ原では兄弟に分かれて真田家存続を図って、幸村は大阪方について(中略)・・・幸村が堺雅人で、兄さんの信之が大泉洋で、お父さんの昌幸を草刈正雄が演じてて・・・(どんな説明?)」

草刈正雄様の上田のポスターもあったので、大河ドラマをベースに説明しました。

多分伝わっていないと思う。

ちなみに私の好きな戦国武将は、上杉謙信

蕎麦屋千本桜」とカフェ「森文」

上田に着いたのがちょうどお昼で、まずお昼。

長野といえばそばでしょう!と、上田城址公園のそばの「千本桜」というお蕎麦屋さんへ。

かきあげそば

友人が頼んだかきあげそばは、六文銭をイメージしている。

なべやきそば

私は寒かったので、なべ焼きに。でも、うどんではなくそば。

実は、私はこの週、内視鏡検査をして、ポリープを3つほど取っていました。

その検査の3日前から消化の良いもの、検査後も3日は柔らかく消化の良いものを、と言われ、うどんかおかゆしかたべていなかったので、天ぷらや蕎麦やネギなどがとても嬉しかったのです。

いつもなら、七味唐辛子をたっぷり入れるのだけど、通常食にもどしていい初日だったので、念のため七味は自粛。

 

「このマーク、何かな?〇が6つ並んでいるのをさっきからよく見るんだけど」

と、友人がかきあげのちくわを指さす。

そう、友人は六文銭の家紋を知らないのでした。

六文銭は、真田家の家紋。

三途の川の渡し賃が六文と言われていて、それを旗印にすることで、いつ死んでもいいくらいの気持ちで戦場に出てたと考えられているんだよ」

と言うと、「三途の川って、渡るのにお金かかるのー?!」

彼女はクリスチャンなので、驚いていました。

 

食後は、旧北国街道という雰囲気のいい街並みが残るところを散策し、ネットで見つけていた「森文」という古民家風のカフェでケーキをテイクアウト。

喫茶・工芸品「森文」

古い蓄音機とラジオがありました

お気づきのように、こちらのお店にも真田グッズがありました。

友人曰く、「だんだん、真田さんたち見飽きてきた。六文銭も多すぎて怖い」

 

夕食後のデザートに

手前が金柑のタルト、奥がマロンペーストのチョコレートコーティングされたケーキです。奥の栗のケーキは、チョコレートかけなくて、この栗ペーストだけ食べたいくらい美味しかったです。

 

宿は岩屋館

友人が、会社の保養所を取ってくれました。

上田からお迎えの車で約40分の岩屋館という山間の宿。

(山の中でテレビの地上波が映らずBSのみ。携帯の電波も弱い)

和室にベッド

川のほとりにあり、すっかり雪景色

マンガや本のある休憩室

とても雰囲気が良かったのですが、とにかく寒い。

部屋はチェックインしてから、ずっと暖房をつけていたのですが、なかなか温まらず、つい布団に入ってしゃべっていました。

トイレは寒くてヒートショックが心配なほど。

ふだん、一条工務店の家で「寒くはないけど暖かくはない」程度の床暖房の設定にしているけれど、家のどこにいても寒くないことのすばらしさを実感しました。

 

こちらは大浴場と露天風呂があり、露天風呂は基本混浴、女性専用時間が「4:30~5:15」「7:30~8:15」の2回あります。

女性専用時間に偵察。

温泉と炭酸温泉

とにかく外が寒くて、私は露天風呂を諦め、大浴場へ行きました。

友人は、こちらを貸し切り状態で楽しんだようです。

二人で来たのに、別々の温泉に入る私たち(笑)

でも、夕食後と翌朝、一緒に温泉に入りながら、女子トークしました。

 

夕食は、色々なものが出てきました。

夕食は少量多品目

この後、アユの塩焼き、ぶりのお刺身、天ぷらもりあわせ、わかめご飯とお味噌汁、デザートにババロアまで出たのに、おしゃべりに夢中で写真を撮り忘れました。

ふだん、こんなにあれこれ作らないのと、久しぶりに色々な味を食べたので、さらにおいしく感じました。

朝食も色々出てきましたよ。

宿の方がまた丁寧に接客してくださるので、とてもいい感じでした。

 

 

大阪・高津宮へ参拝

これまで関西旅行は、新幹線とホテルのパックになるものを利用していましたが、お得なプランは新幹線の時間が早かったり遅かったりと融通が利かないなと思っていました。

今回は、行きはスカイマーク、帰りは体調に合わせて新幹線で帰ることにしました。

昼前に新大阪を出て、夕方には家に着きましたが、ちょうど雷が鳴り、雪が降り出して、羽田で欠航も出たというから、なかなかいい判断だったと思います。

 

なぜ高津宮にいったかというと、仁徳天皇の浪速高津宮のあった場所との伝承があるため。

古墳巡りと同じく、宮跡めぐりも実地調査が大事と思うので。

xiaorentraveldiary.hatenablog.com

この時の宮跡巡りは、なかなか頑張った。

 

地下鉄の「谷町九丁目駅」から歩いて5分ほどのところにあります。

高津宮(こうづぐう)

二本の石の柱としめ縄、どこかで見たような・・・

「仁風敷宇宙」思いやりの風が宇宙に満ち溢れる

「徳化洽乾坤」人を思う慈しみは行動となって天と地に広がる

頭文字を合わせて「仁徳」

こちらの高津宮は、主祭神仁徳天皇、父の応神天皇、母神功皇后、祖父の仲哀天皇、長子の履中天皇、葦姫皇后を祀っています。

皇后は「書紀」では磐之媛だった気がするのだけど・・・

献梅碑

論語千字文を伝えたとされる王仁博士が、梅の花に和歌を添えて、仁徳天皇に献上した話を元に昭和3年に建てられました。

「難波津に咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花

王仁博士は百済から来て、百済人か漢人かは不明だけど、和歌も詠んじゃうんですね。

(当時千字文はまだ成立していないので、王仁博士の伝説自体が謎ですが)

 

此花区の地名はこの歌に由来するようです。

注)高津宮の所在地は中央区です

高津宮良縁参拝順路

この通りに参拝してみます

本殿

①本殿で神様に挨拶

西坂(縁切り坂)

由来

②諸々の悪縁を絶つ坂

 私は、イナゴ兄弟たちと関わりたくないということを念じました。

 

相合坂

③相合坂(良縁の坂)を上る

 女性は北から、男性は南から登るそうです。

 男女の良縁は求めていないけど、友人とずっと仲良くしていられることや、仕事関係でいい人に出会えることを祈念。

再び本殿にお参り

④再び神前に至り感謝申し上げる

 

本殿の横に絵馬殿があります。

絵馬殿

仁徳天皇が、国見をしながら歌を詠んだ高殿をイメージ。

高津宮が舞台となった上方落語の絵馬や歌舞伎役者などの絵馬が奉納されています。

(興味ないことは、記憶に残らないので、絵馬の題名は不明)

仁徳天皇の国見の様子

日本書紀」によると、

仁徳天皇は、即位4年3月、国見をしたときに竈から煙が上がらないのを見て、民が煮炊きをすることもできないくらい苦しい生活をしていると思って、
3年間一切の税や課役を免除にする詔を出します。

即位7年4月、煙が多く立ち上るのを確認するも、民が宮殿が荒んでいるのを見て修理や納税を申し出たのを断り、さらに3年経った10年10月になって、やっと課役を科して宮殿を復旧します。

そこから、「聖帝」と呼ばれるようになったとあります。

「高き屋に 登りてみれば 煙立つ 民のかまどは 賑ひにけり」という御歌が伝わっていますが、後世の作とも言われています。

 

でもね、

異母弟の皇太子、菟道稚郎子皇子が、仁徳天皇に王位を譲るために自殺してからの即位なので、

「聖帝」と呼ばれるくらい人望を得ないと王権が保てなかったんじゃないか・・・とか、

皇太子は自ら命を絶ったというよりも、仁徳天皇によって自殺に追い込まれたんじゃないか。その罪の意識が、宮殿がぼろぼろになって、食事もろくにとれなくても我慢することになったんじゃないか・・・とか、

歴史の負け組応援派(判官びいきと普通は言う)の私は、うがった見方をしてしまう。

(こんなことを思っていたら、せっかくのお参りのご利益もないかも)

本宮神輿殿

こちらがご利益のある龍神さま

こちらの龍神様が昭和20年の大阪大空襲からも守ったと看板にありました。

 

今年は辰年なので、龍神様にお参り。

水害がおきませんように、私の物件や新居が火災に遭いませんように。

 

高台之頌碑

仁徳天皇の人となりや御事跡が漢文で綴られています。

高倉稲荷神社

お稲荷さんには、満室のお礼と事業の安定経営を祈念。

 

縁結びを求めていないけど、ここまで仁徳天皇推しとは知らず、楽しく参拝しました。

 

ヨンファの「YOUR CITY」ツアー神戸の帰りに、神戸近辺では興味のあるところがなくて、大阪に変更してよかったです。

東京(横浜)以外は、名古屋、神戸ではなく、福岡とか別の街にしてくれないかなー。

兵庫県立考古学博物館は体験型博物館で楽しめます

友人が教えてくれた「兵庫県立考古学博物館」に行ってきました。

JR土山駅から「であいのみち」を歩いて約15分。

遊歩道には、有名な年号を記したプレートがありました。

発掘ひろば

平日午前中の見学者は私一人。

講義室で先生たちへのレクチャーが行われている気配は感じる。

こちらの博物館は体験型とでもいうか、小学生が興味を持ちそうな仕掛けがたくさん。

入ってすぐ目に着く「発掘ひろば」

発掘現場の再現は見ていて楽しい

出土品が見えてる感じがいいですよね

学生時代に史学科だった私は発掘実習に2週間行ったことがあります。

(染み出た地下水をスポンジで吸う以外、何も出なかった)

HPを見たら、土日は「石棺に入ってみよう」「古代船に乗ってみよう」などのイベントもあるのですが、事前に電話で聞いたら子どもだけでした。がっかり。

この中には何かが埋まっているらしい

でも、発掘広場には大人用の長靴もあったんだけどなーー。

平日は対応する人がいなくてダメなのかも。

こんな体験を子どものうちにしたら、将来考古学者になろうと思う子もいるかもしれない。

古代鏡のパズル

発掘ひろばの展示室には、色々仕掛けがあって(パネルを開けると中に古代人の食事の模型があるとか)面白くて、私以外の見学者がいないこともあって、満喫しました。

鏡パズルは難易度をあげるために、縁の部分をわざと位置を入れ変えたりして戻す。

 

テーマ展示室

お次はメインのテーマ展示室。

ほぼほぼ模型の展示だけど、音が出たり、解説に工夫があって良かった。

ナウマン象をしとめる様子

一瞬もののけ姫かと思った

説明パネルもあるけど、Wi-Fiつなげて、QRコードを読み込めばさらに詳しい説明が音声と文字で読めます。

イヤホン無しで聞いていた

稲作道具も試せます

田下駄履いて歩き回り、石包丁で藁を切ろうとしたけど、切れませんでした。

やっぱり鉄の道具じゃないとダメだと思う。

(韓流ドラマ「鉄の王キムスロ」の再放送見ていたら、村長たちが「鉄の農具をくれ」といい、悪いやつが農具でなく武器を作ることに反対してたけど、押し切られてた)

矢尻が石から鉄へ

盾は初めは板で次は革

雲部車塚古墳の埋葬施設の再現

篠山市にあるこちらの古墳は、墳丘長158mの前方後円墳で、古墳時代中期では県下最大級の古墳です。当時のこの地方の王(有力者?)が眠っていると思われます。

 

明治29年に村の人が古墳を発掘しました。

石棺は板状の石を組み合わせて作られていて、蓋石や側石には縄掛突起あり。

石積はレンガのような平らな石が積まれ、表面は赤く塗られていました。

矛などの武器は、本来木で作られるはずの柄の部分も鉄で作られ、実用性よりも象徴的に武具を見せていたようです。

これらの武具が壁に掛けられた状態で見つかったのも、全国的に珍しいとか。

 

「明治の発掘でも、棺の蓋は開けられなかったので、今も王は豪華な副葬品とともにその中に眠っています」と説明文にありました。

どんな副葬品があるのか気になります。開けちゃいなよー。

古代人になりきれる

飛鳥時代の役人、女官、古墳時代の武人、巫女の服装ができます

飛鳥時代の女官の服に着替え「紫野行き 標野行き」などと歌ってみる。

人がいないからやりたい放題。

石棺

車塚古墳の石棺と違って、くりぬいて作っていますね。

土日には、石棺に入ったり、古代船は乗ったりできます。(子どもだけ)

準構造船

当時は帆はないんだ

地下の映像室で、船大工さんたちがこの船を作る様子の映像が見られます。

ちょうなで木の表面を削っていて、興味深かったです。

 

地下では、学芸員さんたちが出土品の修復、整理をしている様子を見られます。(撮影禁止)

いいだこの蛸壺

出土品の展示の中に、小さい蛸壺の展示があって、古代人はこうやってイイダコを捕まえて食べていたのかと思うと面白い。

イイダコのチュクミ(辛炒め)は美味しいですよね。当時は唐辛子がないから、塩味だけかな?

 

大中遺跡

展望台からの眺め

展望台は博物館の隣にあり、無料ゾーンです。階段を上り下りしてトレーニングしている地元の年配の方がいました。

博物館の隣は、大中遺跡で、一部復元しています。

大中遺跡は、弥生時代の竪穴住居の色々な形の住居跡がみつかった珍しい遺跡です。

円形、方形、長方形、五角形、六角形、ベッド状の高床部を持つものもあったそうです。

竪穴住居の復元

方形の住居跡

ベッド状の遺構がある長方形の住居跡

ベッド状の遺構は九州にはあるけど、近畿ではここだけ。

見学しながら、本当にベッド状の遺構があったのかなと不審に思うくらい普通の穴。

今から始められても・・・

博物館に戻ってトイレを借りていたら、壁にあるポスターを見つけてがっかり。

弥生の御朱印巡り

チラシを貰ってきましたが、去年の10月から始まったみたいです。

もう既に8ヶ所も行っているので、これから新たに集める気が起きない。

大中遺跡、唐古・鍵遺跡、妻木晩田遺跡、(平原遺跡、須玖岡本遺跡、板付遺跡、吉野ケ里遺跡、金隈遺跡)()の遺跡は去年の2月に行ったばかりだし。

もらっては見たけど、多分捨てる

御陵印(天皇陵の印)はコンプリートしたけど、

古墳カードも最近あちこちで見るようになったし、御城印も増えたけど、今更ねぇ・・・

途中から始まると、三十三札所のように頑張れない。

 

神戸からだいたい半日かけて満喫しました。

今回は行かなかったけど、垂水に五色塚古墳(訪問済)もあるので一緒に見学してもいいですね。

加西分館に「古代鏡展示館」というのがあるので、受付で聞いてみたら、「ものすごーく交通の便が悪いので、考古学博物館の後に行こうとすると、午後に三宮に戻ることは不可能」と言われて諦める。合わせて行こうと思ったら一日がかりだそうです。

 

この日の午後は、推し仲間と語りながら、ライブの時間までダラダラと過ごす。

いつも旅行中は、みっちり予定を入れて動き回るけど、ダラダラ過ごすのもいいなと思いました。

新長田駅でドはまりしました

ヨンファの「YOUR CITY」ツアーのため神戸入り。

遊びにいくための免罪符

安かったスカイマークで行ったのですが、家を朝5時に出なきゃいけなくてちょっと後悔。安いのは早い時間だから。

これまで、ホテルと新幹線のパックを選んでいたのですが、LCCも候補にすればもっと安いかもと思ったので。

被災された方のことを思うと遊んでいていいのかだけど、私ができることは募金くらいなので、交通費が浮いた分、郵便局から赤十字に寄付して許されたつもり。

(寄付金控除も使おうとするあたり偽善と言われてもしかたない。でも、偽善的寄付でも、お金はお金ですものね)

早くに出るということは、神戸にも早く着くので、夜7時からのライブまで何をするか。

有馬温泉

有馬温泉に行ってきました。

太閤の湯という健康ランドでのんびり

太閤の湯という健康ランドはネットで会員登録するとすごく得になるクーポンがもらえます。

露天風呂も充実してたし、岩盤浴も一部無料で、館内着やタオル付で1500円でした。

乳がんの手術以来、健康ランドに行けなかったけど、案外タオルで隠して湯舟に浸かっていれば平気でした。

おばさんたちは、おしゃべりに夢中で他人のことなんか見やしない。

自分の中で一つ進歩した感じです。

有馬温泉内もウロウロしたけど、温泉街って一人で歩いていても特に楽しいものでもなかった。

昼過ぎには、神戸駅前のホテルジュラクにチェックイン。

ダブルルームを一人で使うのが好き

朝食も美味しかったし、駅前で便利でした。これから神戸はここにしよう。

 

新長田駅は横山先生の街でした

一階のカフェで、珈琲をサービスしてもらった時に、ふとカウンターの上にある写真に目が釘付け。

「これって、このホテルから近いですか?」「普通電車で二つ先の新長田の駅前にあります」

というので、ライブまで時間もあることだし行ってみました。

新長田駅から歩いて3分ほど歩いて、角を曲がるとそれがばばーんと立ってて笑う。

鉄人28号のオブジェ

巨大な鉄人28号。夫さんに教えてあげなきゃ。

住人のみなさまは素通り。見慣れてしまうとそんなもんですよね。

鉄人28号くんと奇跡のコラボ

本人(?)にピントがあってしまった。

三国志推しが強すぎてハマる

この街は横山光輝さんの出身地で、三国志推しがすごかった!

実は、私は日本古代史の次に三国志マニアでもあります。

なんだか楽しくて、やたら写真を撮ってしまいました。

夏侯惇を演じているのはどなただろう?

夏侯惇も意外と好きな武将。

片目を射られて、「親にもらった大事な体を捨てられない」とか言って、矢を抜いた後でその目を食べちゃったとかいう武勇伝あり。

こういう看板たくさんあったんだけど、好きな武将でなかったり、演じてらっしゃる方(商店街の方なのかな?)が・・・だと割愛させていただきました。

太史慈は自転車に囲まれていました

私は韓流にハマる前は中国放浪旅ばかりしていて、実は太史慈の墓に行ったことがあります。(偶然見つけて感激して騒いでいて、通りすがりの中国人に不審がられた)

 

関羽石像

関羽は人気があるから石像なのね。

横山先生のマンガの一場面「桃園の誓い」

ギャラリーもあった(有料)

私は、三国志マニアですが、北方謙三三国志」が一番お薦めです。

一般的には、吉川英治三国志」か横山光輝のマンガ「三国志」を読んでいる方が多いと思います。

多分、こちらのギャラリーは横山先生の世界なので、呉や魏がよく描かれてないと思って見学せず。

私も吉川英治版は3回くらい読んだし、NHKの人形劇も好きでしたが、それでも呉と魏が好き。

小覇王孫策と美周郎周瑜のブロマンスドラマとか作ってくれないかしら。

 

マンガは読んでいないので、キャラクターの看板などを見て「へぇ、こんな顔なんだ」と思いながら歩いていました。

郭嘉がおじさんでがっかり

すごく優秀な軍師で病気で早く死んじゃうから、白皙の美青年のイメージだったのに・・・

孫権がいい扱いで嬉しい

軽く扱われがちな孫権が石像だったから安心。

と、思っていたら、魏の曹操はもっと扱いが大きかった。

曹操はやっぱり扱いが違う

ここにも関羽がいた

 

鉄人28号と同じポーズ

今度は28号くんにピントがあいました。

周瑜がかっこよかったので満足

スーパーの前にいた孔明

後から、この近くに劉備がいたことに気づくが、戻ってまで写真は撮らない。

推し活と歴オタで楽しく生きる

昔、クズ前夫が「息子が生まれたら『亮』(諸葛孔明の名前)にする」とか言い出してケンカになったことがある。

「玄徳(劉備の字)もいい」とも言ってた。

なんとか「遼」(魏の武将の張遼から取った)で決着したが、子どもができなくて良かった。

前夫は「巨人大鵬目玉焼き」とでもいうか、巨人ファンで、蜀好きで、流行に乗りやすくて、みんなと同じものを持ちたがりしたがっていた。

正反対の人と結婚すると楽しいのは最初だけで、後に大変だ。

 

クラスでモテモテの男子を好きにならなかった私は、「〇ちゃんも◇君が好きなんだよね。ライバルが多くて」なんて切ないため息はついたことがない。

歴オタで、三国志オタで、「周瑜がかっこいい!」と言っても理解されない。

大学の時だけ、似た者同士でもりあがったけど。

 

そんな私が、大人になってやっと「ヨンファって歌も上手くてかっこいいでしょ?」と言って賛同を得られるようになりましたーーー。

ヨンファのドラマデビューは、サブ男優で振られる役だったけど。

 

推しは共有の宝なので、推し活は楽しい。

今日はCNBLUEの韓国デビュー14周年の日です。

めでたい。

(ちなみに日本では2009年にインディーズでアルバムだして、メジャーデビューは2011年10月19日)

 

推しのライブのための旅行で思わぬものに出会えて楽しかったです。

これからは好きなことだけして、元気に暮らしていけるといいのだけど。