しゃおれんの旅日記

インフラ等は記事を書いた時点のものです。現在の状況はご確認お願いします。

電車とバスで行く栃木旅②大谷資料館

東武のポスターで見てから大谷資料館は前から気になっていました。

石の建造物(万里の長城とかピラミッドとか)好きの私と鉱物好きの師匠(夫さん)。

大谷石は二人の好みに合うかしら?

気になってはいたけれど遠くて車でないといけないかも・・・

でも、調べれば行けましたー♪

ネット様様です。

 

関東バス様ありがとう!

関東バスのサイトで発着の停留所を入れて時刻表を調べて行きました。

https://kantobus.info/fromto/

宇都宮からは「宇都宮駅西口」(JR宇都宮駅西口ロータリーの6番乗り場)か「東武駅前」バス停(東武宇都宮から少し離れます)が便利です。

Suicaなどは使えません。整理券をとって、おつりのないように払ってくださいね。

宇都宮駅西口からは片道460円でした。

 

先に言ってしまうと、宇都宮に戻るバスはそこそこ本数があります。

しかし、我が家は鬼怒川温泉に泊る予定で、新鹿沼東武日光線)に抜けることにしました。

このバスの本数が少なかったー!1日7本しかありません。

しかも、バス停が大谷資料館から1.5kmほど離れた「大谷橋」なので、こちらを使う人は要注意です!片道570円です。

※ちなみに東武線の新鹿沼駅の最寄りのバス停は「鳥居跡町」です。「新鹿沼」で探しても出ないのでご注意ください。

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大谷橋のバス停

 

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時刻表はこちら

特別ダイヤもネットで調べられるのでご安心くださいませ。

これで分かるように、観光のメインといいつつも大谷資料館にかけられる時間は移動時間コミで1時間半しかなく大急ぎでした。

でも、短い時間でも大満足の場所でした♪

 

地下神殿?大谷資料館

バス停を降りて駐車場を抜けると大谷資料館です。

大谷資料館は、かつての大谷石の採掘場です。

演出がうまいのか雰囲気が幻想的で、地下神殿のようでした。

映画やPVなどの撮影に数多く使われています。

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バス停から入口まで5分くらい

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自販機も大谷石

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崩落した巨岩が見えます

入場料は大人800円。

ワクワクしながら地下へ降りていきます。すでに階段の途中からひんやり。

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ひんやりした冷気

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手彫りの再現シーン

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神殿のよう

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假屋崎省吾さんの作品の展示あり

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密閉された空間ですが密ではありません

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天井の穴は何だろう?空気穴?

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横の線は手彫りの線

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聖堂?

壁の縦線は機械彫りの跡です


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このように館内に説明あり

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丸い跡が船のようにも見えます

舞台のようになっているところもあり、コスプレ禁止・マイクパフォーマンス禁止というのも分かります。動画撮ったら映えそうなので(笑)

 

涼しいを通り越して寒いくらいなので羽織るものがあったほうがいいです。

大満足で地上に戻りました。

 

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出口の隣にある「愛の泉」

暑い地上に出たので、レンズが一気に曇りました。師匠のメガネも真っ白。

 

敷地内には「OYA MUSEUM ROCKSIDE MARKET」というおしゃれなお土産屋さん兼カフェもあります。

私たちはバスの時間が迫っているので割愛---。宇都宮に戻るなら全然寄れたんですけどね。

 

大谷観音

 資料館の見学を終えて50分弱。1.5km歩いてさらに途中の大谷観音も一目でいいから見たい。

炎天下の中早歩きです。

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景観公園

資料館のまわりは奇岩だらけ。中国の山水画みたいな景色です。

 

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大谷寺

岩におしつぶされそう。というより、岩壁に彫られた石仏を保護するためにお堂ができているような感じです。

こちらの中には弘法大師作と伝えられる石仏があり、また大きな三尊仏が三か所彫られていて、素朴ないい感じです。

撮影禁止だったので写真はありません。

拝観料500円、駐車料金は含まれているそうです。

時間がなくて宝物館を見られなかったのが惜しまれます。

バスでも行けるけど、車のほうが時間に縛られなくていいですね。

(いつも運転する師匠は「これだけ見られたら満足。昼からビール飲めるからバスもいいね」とのこと)

 さらにこの近くに27mの平和観音もあります。屋外にあるので自由にお参りできます。

道からも横顔が見えます。

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立派な蔵をもつ石材屋さん

この通りにはおしゃれなカフェがいくつかありました。

もっとゆっくり時間をかけて散策するほうがいいと思います。

(私たちもなぜ次のバスにしようと思わなかったのか今になると不思議)

 

石造物好きの私は大谷石資料館に大満足でしたが、鉱物好きの師匠からしたら大谷石は建材感が強くてコレクションには向かないようでした。

 

 この後新鹿沼へバスで行き、鬼怒川温泉駅へ向かいました。 

電車とバスで行く栃木旅①宇都宮観光

今年の夏はコロナ禍のせいでどこにも旅行してない!

気を付けていれば都民が都外に行ってもいいのでは?と1泊2日の旅行してきました。

東武沿線に住んでいるので、東武線を使って目指すは鬼怒川温泉

電車の旅は昼からビールが飲めるからいい♪と師匠(夫さん)

 

まずは、準急で南栗橋まで行き、日光線に乗り換えて終点「東武宇都宮

2時間20分乗って我が家から1500円かからず。私鉄はコスパいいですね。

まず行ったのが駅から徒歩5分のこちらの教会。

 

松が峰教会

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松が峰教会

大谷石を使った昭和7年に造られた教会です。

今回の旅の目的の一つに大谷資料館があるので、まず大谷石の建物を見ていこうかと。

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素敵なファサード

大谷石は、耐火性にすぐれ加工がしやすいため建築物に多用されています。

御影石と違ってつるつるしていなくて、気泡のような穴もあります(質にもよるのかもしれませんが)。

私たちの買った土地も塀に大谷石が使われていました。我が家はイメージと違うので解体してしまいますが、宇都宮は大谷石を使った家が多かったです。

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彫刻も素敵です

ミサがないときは見学できるとガイドブックにあったのですがコロナ禍のため見学は不可でした。残念。

 

教会のむかいに大谷石を使ったおしゃれなカフェもありました。

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「ダイニング蔵おしゃらく」

今回の旅行中、このように大谷石でできている蔵をたくさん見ました。栃木では一般的なのかもしれないですね。

朝早かったのでこちらのカフェには寄らず、先を急ぎます。

 

宇都宮城址公園

松が峰教会から歩いて10分くらい。

宇都宮城址公園につきました。

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立派な土手

 

遮るものが無く日差しがとてもきついです。

立派な土手。なぜ復元する時に大谷石を貼らなかったのかしら?

こちらは復元するときに地下15mまで掘り、基礎を作って堀を掘って、コンクリートで土手を築き特殊な土を貼って土手にしているそうです。

特産の大谷石があるのに・・・もったいないような。

 

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復元されているのは一部です

 

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登ってみます

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清明台という櫓 狭間もありました

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エレベーターまで行って見ることに

 

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降りたところは資料室でした

この写真の赤線がわかりますか?
赤線内の部分を復元したそうです。本来はもっと大きなお城だったのですね(当然と言えば当然ですが)

宇都宮城は、関東七名城の一つで、将軍の日光参拝のときには宿泊施設として使われたとか。

戊辰戦争で焼失して、清明台櫓を中心に2007年に復元されたそうです。

 

二荒山神社

この後、北上し二荒山神社へ向かいます。

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オリオン通り

朝早いので繁華街も静かです。

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二荒山神社

下野国一の宮として、宇都宮の由来にもなったとか。

ご祭神が豊城入彦命・大物主命(大国主命・大黒様)・事代主命(恵比須様)です。

豊城入彦命崇神天皇の皇子、群馬の古墳めぐりの時にも名前がでてきましたが、東国を治めに来たのです。その4世孫の奈良別王が祖神である豊城入彦命を祀ったのが始まりとされています。仁徳天皇の御代というから今から1600年前(このあたりは・・・)です。

鳥居も立派ですね。

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95段の石段

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本殿

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竹林に癒されます

お参りの後、さくっと竹林の中を降りてきてしまいましたが、末社もたくさんあったのでした。さらにこちらには「餃子みくじ」なるものもあったとか。

ちゃんと調べずに行くと見逃しが多くて後悔します。 

 

さて、ここで9時45分。できれば大谷資料館に10時40分発の関東バスに乗りたい。

でも、宇都宮に来たんだから餃子を食べないのは何より惜しい。

朝から営業しているというJR宇都宮駅前の餃子会館を目指して歩きます。

暑い中歩くこと15分。

なんと!コロナ禍のためか時短営業なのか閉まっていました!

 

開いている店は長蛇の列。

大谷資料館に行くバスはそこそこ本数がありますが、大谷資料館から新鹿沼へ抜ける予定のバスが本当に少ないので、餃子を諦め大谷資料館を目指すことにしました。

 

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有名な餃子の像。こちらも大谷石でした



駅前の6番乗り場から45系統「大谷経由立岩行き」の関東バスに乗り約25分。

本日のメインの大谷資料館へ向かいます。

 

 

五色塚古墳に感動!伊弉諾神宮も行きました。2019年GW旅行

 

今回のGW旅行、当初は千葉からどこまで一日で行けるかわからず、

やむなく淡路島の民宿を取りました。

 夕方早めに出たら夜中には京都について一眠りしてから、

翌日昼間は師匠(夫さん)と別行動でそれぞれの趣味を満喫してきました。

 

淡路島に行くのなら明石海峡大橋を通るということで、

それなら前から気になっていた五色塚古墳に行きたーい!!

師匠(夫さん)は大阪で鉱物ショーに行き、

私は明石観光の後で山陽霞ヶ丘駅から行ってきました。

 

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石澤一由「古代天皇の実年代を探る」

面白い本を見つけました!
 
古代の天皇崩御時の年齢や治世年数が信じられないくらい長いことから、
初代神武天皇の即位を辛酉革命説に従って無理に紀元前660年にしたために
他の天皇の年齢や治世年を引き延ばしたとか、架空の天皇を作り出したというのが今ではほぼ定説ですよね。
 
でも、この本はすごく大胆!
魏志倭人伝や日本書記、古事記などから筆者は古代暦と古代治世年という仮説をたてています。
 
ざっくりまとめると、
暦が伝わるまでは、古代人たちは太陽の動きで1年を数えていて、現在の暦と違う年のとらえ方をしていたと。
 
古代暦は「太陽が真東から昇る日を1年の始まりとする」春分から始まる1年と秋分から始まる1年の合計2年が、
現在の1年にあたるものとし、
古代暦も1年が12か月あったとしているが月の満ち欠けの約15日を1か月としていたのではないかと。
 
古代治世年は、古代暦の1年の中間の夏至冬至には日の出の方角が転回する日なので、古い年から新しい年へとかわる日とも考えられるため、天皇の治世については、現在の1年を4年と考える古代治世年が使われていたと。
 
天皇の年齢を数えるに、即位前は古代暦を使い即位してからは古代治世年を使って数えていたとします。
 
この考え方によれば120歳で亡くなったとされる崇神天皇も、即位前古代暦で52歳(実年齢26歳)、治世年数68年は実際は17年となり、43歳で崩御、非常識な年齢ではなくなります。
 
 
このようにそれぞれの天皇の実年齢や治世年数を検証しなおし、親子関係が疑わしいものは兄弟ではないかとか。開化天皇孝元天皇は兄弟では?とか。(そもそも、初代から12代までがきれいに父子で継承しているのも疑わしい。このあたりも架空説が出るもとになるけど)
 
 
治世年数も古代は長いと思われがちですが、平均してみれば他の時代と大差ない。(院政時代は例外として)
 
そして、年代のはっきりしている推古天皇崩御から順に遡っていくと、神武天皇の即位は紀元154年になりました。
 
 
ざっくり書いているのでマユツバに思われますが、こちらの本をお読みいただければなるほどーーと思えます。
根拠もあげて丁寧に説明してあります。
 
 
でも、私が一番読んでいただきたいのは第四章から!
 
これらの天皇の実年代を検証しなおしたところで、記・紀の記述と現時点で分かっている歴史上の事柄とを考察し、大胆な物語が展開されていて読んでいてすごく面白かったです。
 
ざっくり書くと・・・
 
・国生み神話でイザナギイザナミの命が生んだ島は、佐渡大倭豊秋津島以外は淡路島以西の島々で中国地方が入っていない。そして、名前に「天の○○」とつく島が多い。
 
・この「天」は注で「アマ」と読むと注釈がついていることから、天照大御神の一族は天族=海人族。
対馬から日本海にかけての島々を拠点として海上貿易を握っていた一族なのではないかと。
 
天の○○とついていない中国地方は大国主支配下にありました。
国譲り神話がありますが、天族VS出雲族の戦いがあったのでは?!と。
天孫降臨は武力侵攻を暗示しているのではないかと。
 
「天から降った」とされる天孫たちですが、言い換えれば天(対馬壱岐隠岐など)から葦原中国や筑紫の日向に向かって領土を求めて侵攻していったと。
 
出雲地方を抑え、筑紫・豊・日向まで支配下においた天孫族。ここに「倭国」誕生ーーー。
 
 
神武の東征について、なぜ、日向からはるか遠くの近畿を目指したのかですが、
ニニギ命の子孫の神武は倭国支配下の王族の一人として一地方を支配するだけでなく自分の国が欲しくなって「倭国の領域外」(中国地方よりも東)へ東征せざるを得なかったというのが真相というのです。
 
ひゃーって思いました。
 
この後も邪馬台国(筆者は邪馬台国とはいわず女王国と表記していましたが)と倭国の関係、仲哀天皇磐井の乱も出てきます。
ネタバレになるので書きません。
ぜひ読んでみてください。
 
あまりに大胆でそれでいて納得できる仮説だったので、「すごーい!面白いよー!」とそばにいた師匠(夫さん)に無理やり聞かせるという迷惑行為に出てしまうほど。
 
 
以前に壮大な歴史小説のブログを読んだり、今回の本を読んで思ったこと。
 
「おかしい」と思ったことをつきつめて調べてみるということは大事だと頭が下がります。
寿命が古代人なのにこんなに長いなんておかしい、と思わず、もしかして?と暦から疑う。
そのために紀や記の文章を一文ずつ検証するような作業は私には到底無理だけど。
記や紀は後代に作られた作り物だと思っていましたが、案外真実へのヒントが隠されているのかも。
 
真相がわからないから宝探しのようで楽しいという気もします。
 
でも、タイムマシンがあったらあっさり答えを見たいという思いもあります(笑)。
邪馬台国は九州にあるかどうか(私は九州派)。
・王朝交代はあったのか(崇神天皇応神天皇継体天皇の時に王朝交代したというのが一般今は一般的らしいですが)。
 
はっ、これって書き出すときりがないのでこの辺で。
 
 

スリランカ旅行記その3ローズクォーツマウンテン

我が家の海外旅行はたいがい元社会科教員の私が行き先の選定をします。

師匠(夫さん)は「スリランカに行きたい」というだけで、

どの遺跡が含まれているかを考えてコースを選択するのは私。

ただし今回だけは「スリランカローズクォーツでできた山があるってネットで見たんだけど」というので、

コースには含まれていないけどもし行けたらいいなあと下調べだけはしておきました。

位置としてはタンブッラとシーギリヤの間くらいです。

アヌラーダプラの観光の帰りなら寄ってくれるかも?

 

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ドライブの延長 楽々蔵王登頂2018.7.16-百名山22座目

最終日は車で帰るだけと思っていたけど、宮城側から蔵王エコーラインとハイラインを使えば蔵王の最高峰熊野岳に1時間ちょっとで登れることが判明。
 
師匠(夫さん)は百名山踏破を目指しているのですが、
大変な山は大変だから楽な山は楽に登りたい派なので、
蔵王は楽々コースを選択することに。
 
東北道で千葉まで帰る途中で、蔵王に登ってきました。蔵王ハイラインは540円。
これを使えばお釜のすぐ近くまで行けます。標高が上がるにつれて涼しくなってきて嬉しい。
しかし、おどろおどろしい巨大な雲が見えます。天気大丈夫かな?
 
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ハイラインを登り切ったところのレストハウスには普通に観光客の方も多く、お釜まで歩いて写真を撮りに行っています。しかし、とても涼しくて子供たちはバスタオルをかぶっていたりもしました。
防寒用のレインコートがちょうどいい。ここ数日暑かったので嬉しい涼しさ。
 
 
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思い返せば、山形の親戚の家に遊びに来て、お釜も見たような・・・この記憶はおぼろげですが、夏休みの図画の宿題でお釜を書いたような記憶があります。子供の頃は肥満児で登山なんて絶対していないはずだから、きっと車で連れてきてもらったんだろうなあと。
 
この時、うっかりスニーカーで来てしまったので、もう一度車に戻り登山靴に履き替えて熊野岳へ。
 
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お釜から、ほんの少し砂礫の道もあり、普通のスニーカーではキビシイかなというところもありますが、
熊野岳までは片道30分で着きました。
 
途中で、トレランの一団がいたのですが、先頭の男性がどうにも川内優輝選手に似ている。
師匠と「本物かなあ」と話しながらも声をかけられず。すごい速さで砂礫の道を飛び越えていく。
 
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風が強いからか石垣で覆われた神社。
今回の旅が楽しくできたことのお礼を申し上げます。
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お釜を横から見たりして。
やっぱり手前が低くて後ろに壁がある角度で見るのがいいのかも。
 
お花も咲いていました。
 
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車で登る途中に見た巨大な雲がより巨大になったので、ふざけてこんな写真を。
お天気がもって良かったです。
 
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早池峰は花の百名山だけど甘くない!2018.7.15-百名山21座目

岩手山の次の日は早池峰に登ることに。
 
事前情報では川原坊コースは数年前の大雨で登山道が崩落して登れないとこのと。
しかも、登山シーズンの休日はマイカー規制があり、小田越コースの入り口まで車では行けず、
岳駐車場からバスで小田越コースの登山口まで行かなくてはいけないそうです。
 
岳駐車場ってどこだろう?
我家のナビは古いためか見つけられず、道の駅はやちねの先に行けばいいんじゃないかととにかく進みました。
 
岳駐車場でもらった時刻表。大人片道700円、往復1400円です。
私たちは6時のバスに補助いすを使ってギリギリ乗れました。満席の場合次のバスになってしまうそうです。
(私たちの6時のバスが満席になり、次の峰南荘で待っていた人たちは運転手さんに「30分後のバスに乗ってください」と言われていたので。間に合ってよかったーと思った)
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30分弱で小田越登山口に着きました。
バスの中には小学生と思われる男の子とその家族という組み合わせが3組くらいいる。
男の子も元気いっぱい。そんなほのぼのとした雰囲気に私ものんきな気分に。
今回、岩手山の登山コースばかり調べていて、早池峰については師匠(夫さん)に任せていました。
子供も登れるし、花の百名山だし、楽しいだろうなーと。
これが全くの勘違い(涙)
 
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早池峰は登山道にトイレが無く、携帯トイレを使用するのが原則です。
トイレが近い私は心配なので携帯トイレ400円を購入。
 
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6:33 霧の中登山スタートです。
初めは木道から。
 
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その後もゆるやかな林の中の道にすっかりご機嫌。
まだ早池峰を分かっていなかった頃です。
 
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あれ?大きな岩だらけに。そうなのです。
早池峰は岩だらけの山でした。
岩の合間にお花がある。やっぱり花の百名山なのですね。
 
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4合目 7:33 霧とものすごい風。早池峰、厳しい山です。
ストックはしまいました。
 
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5合目 7:44 猛烈な風、眺望もまったくありません。
 
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そして、一番怖かった長いハシゴ。
登る時はまだ良かったのですが、降りるときは本当に怖い。

ハシゴが崖に近くてつま先しかかからないので降りるときは慎重に。 降りるときについ目の端に崖の下が見えてしまって怖いことこの上ない。 私って高所恐怖症だったんだなあと登山を始めてからつくづく思い知らされました。

 
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こちらは降りている師匠。下は長い一列のハシゴですが、その上は二列になります。
 
 
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八合目 8:12 山頂まで500m、でも山の500mって結構ありますよね。
 
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ハヤチネウスユキソウ

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早池峰は標高差670mくらいと少ない。しかし、ずっと岩だらけで神経使うので辛い・・・
私は岩場を登るのが下手で、下りはもっと下手なので。

登りきったらゴンドラか何かで下山したいと常々思う。

 
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8:18 剣が峰分岐  この後は楽しい尾根歩き。でも眺望無し。
 
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でも、この尾根はお花畑でした!
 
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木道があって、これまでの辛さや悲しさを忘れるお花の可憐さ。
 
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8:30 山頂に着きました!三角点。
 
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山頂には剣が飾ってありました。霧の中ちょっと不思議な雰囲気。
山頂には避難小屋があり、そこに携帯トイレのスペースがあるので初挑戦。
少し休憩しながら、師匠がバスの時刻表を見ると10:42の後は12:12まで無いことが判明。
2時間くらいで登ってきたから、2時間で降りれるかな?岩場がちょっと怖いけど頑張ろう。
 
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ガスガスの中降りていきます。風が強いので帽子はしまいました。
 
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一瞬晴れたりもするけど、概ねガスでした。
この後、先ほどの長いハシゴでビビりつつ、
登ってくる人とのすれ違いの時に焦って転んで
突き指をしたりしましたが、無事10時半には登山口に戻れました。
中学生の団体さんとも多くすれ違いました。彼らはジャージとスニーカー、普通のリュック
そして、元気はつらつ。道を譲ってくれながら「こんにちわー」ととってもさわやか。
登山用の防寒着や登山靴でなくても登れるんだなあと、ヘタレの自分にガッカリ。
しかし、師匠(夫さん)は「引率の先生が何人もいてちゃんと考えているからいいだろうけど、山の天気はすぐに変わるから、あんなに軽装だと怖いよ。登山口と避難小屋の間は岩だらけで隠れるところもないのに」と言う。
そうか、そんな考え方もあるんだ。まだまだ登山の初心者だなあ、私。
 
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登山後のお楽しみ。温泉は日高見の霊湯 東和温泉(550円)
宴会用の個室が人気で受け付けは家族連れでごったかえしていました。
炭酸入りの温泉が疲れを取ると書いてあったのでゆったりのんびりする。
 
お昼は、岩手でたくさん見かけた和食のチェーン店で「南部家族」でおそば。
美味しかったです。家族連れが多くてほのぼの。
 
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早池峰は大変だったけど、午後はまるまる空いたので、
本当は明日の帰りに寄ろうと思っていた中尊寺に行きました。
 
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杉並木がいい気をだしているような・・・
師匠は初・中尊寺で感動していました。私も世界遺産になってから来たのは初。
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来るのは3回目だけど、金色堂だけでなく讃衡蔵で国宝三昧と細かいところまで楽しめて良かったです。