しゃおれんの旅日記

インフラ等は記事を書いた時点のものです。現在の状況はご確認お願いします。

伊豆長岡の韮山反射炉と江川邸を訪ねる

世界遺産を生涯でなるべく多く見るという野望があるため伊豆長岡に行ってきました。

伊豆長岡は北条氏ゆかりの地でもあるのですが、それは別記事にて。

観光の脚は

韮山反射炉・江川邸などの見どころと北条氏ゆかりの地をめぐるバス「歴バスのる~ら」に一日乗り放題券(500円)があります。

運行日は土日祝(下記でご確認ください)

伊豆の国市/観光周遊型バス「歴バスのる~ら」

割引も効くからとこれを利用するつもりで行ったのに、観光案内所でレンタサイクルの幟を見て心変わり。

観光案内所のレンタサイクル

伊豆の国レンタサイクル 狩野川ベロ 伊豆長岡駅前観光案内所 - TABIRIN(たびりん) (tabi-rin.com)

私は9時すぎについてしまって、観光案内所の10時からのレンタサイクルまで待つのが嫌だったので、案内所の後ろにあるシェアサイクル(15分100円。1日1500円)を利用しました。(今思うと一番割高)

気候さえよければ、自転車で周るのも楽しいですよ。

たまに車の往来が激しいところがありますが、おおむね車も少なく走りやすいです。

伊豆長岡駅前の観光案内所

市内の数か所で貸し出し可能

私が利用したシェアサイクルは市内の数か所で貸し出し可能です。

移動中だけ借りて、施設見学中は返すようにすればお得だったのかも。

 

 

韮山反射炉

明治日本の産業革命遺産」の一つとして世界遺産登録されました。

韮山代官の江川太郎左衛門英龍(坦庵)が品川台場などに設置する鉄製大砲を製造するために建設した鉄の溶解炉。完成前に坦庵は亡くなったのですが、跡を継いだ英敏が建設を進め安政4(1857)年連双2基4炉の反射炉本体が完成しました。

石炭などの燃料として発生させた熱や炎を炉内の天井で反射し、一点に集中させることで高温になり鋳物鉄を溶かすことが可能になりました。この仕組みから反射炉というそうです。

産業革命遺産はいくつかありますが、現存する近世の反射炉はこちらと萩だけで、実際に鋳鉄の溶解が行われて現存するのは世界的にもこの韮山反射炉だけだそうです。

明治日本の産業革命遺産韮山反射炉

現在はレンガと鉄筋が露出していますが本来は漆喰で固めてあり白亜の塔でした。

明治維新後は稼働をやめ、陸軍省に移管され史跡となり保存活動がなされました。

ガイダンスセンターで資料映像を見る

この資料映像が長すぎず分かりやすくて良かったです。

石炭投入口

鋳物鉄投入口

鋳台(鋳型を置くところ)

この反射炉は高さが約15.7mですが周りに高い建物が無いのですごく高く見えます。


ボランティアガイドさんが丁寧に説明をしてくれますよ。

私の旅のお供鉄人28号くん。

反射炉の裏手に物産館があり、伊豆のお土産が多数あります。

江川坦庵考案のパン

保存食として考案したようで、固くて歯が折れそうでした。

物産館の前には記念撮影スポットあり

江川坦庵さんと記念撮影可能。

さらに裏の茶畑まで登ると展望台になっていて、韮山反射炉と富士山という二つの世界遺産を同時に見ることができます。

正面に富士山が見えるはず

写真を見て、心の目で富士山を見る

江川邸

 

次は自転車で江川邸に向かいます。

韮山世襲代官を務めた江川邸は約400年前に建てられ民家として初の重文指定された大きな家。江川太郎左衛門英龍はじめ江川家の史料が展示されていました。

西郷どん」「仁-JIN」など時代劇のロケにも使われています。

反射炉築造責任者江川坦庵の家

こちらの江川邸と反射炉は共通券(800円)があります。

反射炉で何も言われなかったので普通に500円払い、江川邸で100円割引してもらったけどなんか腑に落ちません。(江川邸の受付の人は「これから反射炉行くなら共通券がお得です」と言ってくれたのに、その逆はなかったので)

大屋根を支える梁がすごい

母屋は552㎡。高さ12mの大屋根を梁で支えているのですが江戸時代の職人さんの技術ってすごいですね。

生き柱と火伏札の見本

生き柱とは、生えていたけやきの木をそのまま柱として利用。現在の主屋よりさらに古い建物の柱と考えられ、力学的に必須の柱ではないが、江川家の歴史と伝統を物語る存在として大切にされてきました。

火伏札は屋根の梁の中に納められています。

坦庵公の肖像

座右の銘が「忍」自分の心にやいばを突きつけ高ぶった心を抑えることから忍という意味に使われるようになった文字ですが、この「忍」は坦庵公の御母堂が亡くなる際に戒めとして話し、それ以後形見の数珠と懐に「忍」を書いた文字を入れ困難な仕事に立ち向かったと資料にありました。

 

この話にはちょっと感動したのですが、隣にあった「坦庵翁女子への訓言」という家臣の娘が嫁に行く際に女性として妻として心得ておくべきことを箇条書きしたものは、時代錯誤でちょっとがっかり。まあ、当時は武士の娘はどのように教育されていたかが分かる資料と思えばいいのですが・・・

坦庵公の描いた絵

坦庵公は幕末に反射炉の築造を献策するなど先見の明があり、他にも幕末の有名な学者や志士とも知り合いでした。

(だからこそ、「女子への訓言」が腹立つわー)

駒蔵

肥料蔵とされた西蔵。幕末の建物で将棋の駒のようなので駒蔵とも。

敷地内には、他にも南米蔵、北米蔵など蔵があり、かつての役所の跡もあります。

パン祖の碑

坦庵公はパンを兵粮として使おうと自邸内でパンを焼いたりしたので、全国パン協会から「パン祖」として顕彰され碑が立っています。韮山販社炉で売っていたあのパンです。

ここでも鉄人28号出動です。ピントが江川邸に合っているけど



朝9時から観光開始して、ここまででほぼ2時間半ほど。(途中で蛭が島公園に寄ったけど)途中にコンビニ、レストランなどはありません。

反射炉の物産館にカフェがあります。

お昼を食べるには、自転車で韮山駅伊豆長岡駅まで戻った方がいいと思います。

 

しかし、私は勢いのままに北条氏ゆかりの地めぐりに突入です。