しゃおれんの旅日記

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おまかせ中欧10日間の旅 最終回 ハンガリー編

ハンガリーブダペストに2連泊。
オーブダ地区にあるアクインカムホテル(旧ラマダホテル)。街の中心からは離れているけれど、
橋を渡ってマルギット島に行ってランニングをしたり、
最終日の朝に温泉プールに入れたり(朝は6時半から開いていて宿泊者は無料)
朝食もおいしくなかなかいいホテルだった。
ハンガリーは温泉文化があります。水着を着て入るのだけど、街の中にもいくつか温泉プールがありました。
昔来たときには、水着着用ではない本当に地元の人しかいないようなところに行ったけれど
(そういうところはちゃんと男女別になっていますよ)
今回はホテルに28度のプール、33度、38度の浴槽、ジャグジー、サウナ、ミストサウナもあって楽しめた。
日本人としては、もうちょっと熱くてもいいんだけど。
 
ちなみにアクインカム地区は、ハンガリーの中でも古くから町があったところで、
ローマ時代の遺跡などがたくさんあるのでした。
バスで移動中にも劇場跡や浴場跡などを見かけました。
 
観光は、英雄広場から始まる。
1896年に建国1000年を記念して作られた広場。
建国の父イシュトヴァーンなどハンガリーの英雄がいるのだけど、残念ながら日本人にはなじみがない・・・
広場の中央にある塔の上には街の守護天使ガブリエルがいる。
ちょうどお祭りの準備中で広場には入れなかった。
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ハンガリーの王冠と二重の十字架を持っている大天使ガブリエル。
 
 
次は王宮の丘。
王宮には入れず、偶然衛兵の交代式を見たのだけど、楽隊付きでプラハよりも面白かった。
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衛兵がサングラスをかけているのがうける。これなら一瞬立ち寝しても分からないかも。
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背が高いですねぇ。観光客に代わるがわる写真撮られてた。
 
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見学の前におみやげ屋さんでトイレ休憩。
パプリカを購入。ハンガリーの特産の民芸品は刺繍で、民族衣装はとてもかわいい。
裏表両方使えるテーブルセンターなんかはとてもすてきな値段。これは手が出せないなぁ。
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マーチャーシュ教会も外から見るだけで(それでもきれいだからいいのだけど)、
漁夫の砦もドナウ川を見ながらの絶景で、この日は気持ちよく晴れてみな写真を撮りまくっていた。
本当に晴れるだけでこんなに気分が上がるものなんだ~。
今までで一番暖かくて動くのも楽でした。
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マーチャーシュ教会のそばから見る国会議事堂。
 
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くさり橋。橋の向こうに見えるのはフォーシーズンズホテル。その奥は聖イシュトバーン教会です。
 
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漁夫の砦は、昔この王宮の丘を守った漁夫たちの砦だったとか。(説明ろくに聞かないで写真撮ってた。汗)
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くさり橋、国会議事堂などを車窓から見ながら中央市場へ。
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万博会場として作られた建物を利用した今でも現役の庶民の市場。
観光客も多いけど、普通にみなさんが買い物してる。
ここは、ユーロは使えなくてハンガリーフォリントに両替しないとダメです。
日本じゃ見ないような食材が珍しくていいですねぇ。色々見て面白かったです。市場とかスーパーとか大好き。
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残念なのが、ハムなどの肉類は日本に持ち込み禁止だということ。
PICKというサラミがおいしいらしいけど買えないのです。
あと何日か滞在するなら、旅行中の師匠(夫さん)のビールのおつまみになったのに帰国寸前だったので。
 
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お昼は、マンガリッツァ豚のソテーにソースがかかったもの(写真だとポテトがメインみたい)、
テーブルに辛いパプリカの薬味があってそれをかけながら食べたらおいしかった。
この旅行、ドイツ以外はおいしいかも。同じ阪◎トラピックスさんの去年のスペインよりも格段においしい。
だけどダイエットのため腹八分目にしても苦にならない程度のおいしさです。(残しても惜しくない程度ということ)
これが韓国や台湾だったらいつもおなかいっぱいになっちゃうから。

 
昼食後は、ドナウベントへ。
東に向かって流れていたドナウ川が南へ流れを変える地域。
このあたりはハンガリーの古都なのだけど、「古都」のイメージを変えてしまう感じ。
「古都」の歴史的な重みというよりも古さがまず目立つような感じです。
 
バスで移動中に、巨大なスズキ自動車の工場を発見。
ハンガリーではトヨタよりもスズキだそうです。

エステルゴムはハンガリーカトリックの総本山のエステルゴム大聖堂がある街。
高さ100mの巨大な聖堂で、中も荘厳な雰囲気。ハンガリーで一番大きなパイプオルガンがある。
この聖堂は高台の上にあり、川が曲がる様子も分かる。
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お次はヴィシェグラード。
ここも、ハンガリー黄金時代の14~15世紀に王宮が作られてさかえていたのだけど、
18世紀に独立勢力の拠点になることを恐れたハプスブルグ家に街が破壊されてしまい、今は見る影もない感じ。
丘の上の要塞とか門くらいだった。写真撮影のみ。
 
次はセンテンドレ。
ドナウ川沿いの古都。ここはかつてはセルビア人が入植して、
その後ハンガリー人が住むようになった通商の要地。
芸術家も多く移り住んで美術館も多いというけれど、お土産屋がずらりと並ぶ観光地。
ほかの国の団体も来てかなりにぎわっていた。
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だけど、エステルゴムも、ヴィシェグラードもセンテンドレも一人では来ようと思わない感じの街。
ここに来るなら、ブダペストの中の聖イシュトヴァーン教会やオペラ座の中を観光するとかしてほしかったなあ。
温泉もあり、リゾート地らしいのですが、あわただしく観光するにはちょっと向かないかなぁ。
 
 
この後、ブダペストに戻り、夕食まで1時間40分ほど時間ができる。
ハンガリーフォリントも持ってないし、ホテルの近くにスーパーも無く、特にすることが無い。
ということで、師匠(夫さん)とドナウ川を渡って、マルギット島までランニング。
30分程度だけど、このマルギット島はランニングコースとして有名なのか走りやすい舗装になっていたし、
多くのランナーが走っていた。周りにつられてちょっといいペースで走って気持ちがよかった。
師匠とも旅先ランの楽しさについて話す。これからも機会があったら走りたい。
今回はベルリンとブダペストで走った。短い距離でも走ると気持ちが良い。
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夕食は民族舞踏ショーを見ながら、ということだったけど、
司会の男性が観客にあわせて各国の言葉で挨拶をし盛り上げる。
さらには、各国の歌を歌いあげ、観客も手拍子で盛り上げたりする。
ポーランドの団体がものすごい盛り上がりを見せていた。
ロシア民謡風の歌(それがポーランドで有名な歌なのかは私は分からず)に
あわせて立ち上がってみんなで合唱。
いいねえ、あのノリ。日本人には無いノリですねぇ。

それにしても、「アリラン」を歌われてた韓国もナンだけど、
「さくらさくら」を歌われた日本人の私たち。
それまで盛り上がっていた会場にちょっとしんみり感がただよってしまったわ。
もっと、日本を代表する盛り上がる曲ってないかなあ・・・
(後日、韓国人の友人にこの話をしたら「アリランより、PSYの曲のほうが盛り上がるのに」と言っていた。そう来たかー。)
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前のほうにシンガポール華僑とポーランド団体がいたのですが、司会の方が「シンガポールからようこそ」と言うまでは、中国人団体と思っていたので、私たちのツアーのオジサマが「こういう扱いを見ると今の世界経済を表していると思う」と言っていた。
シンガポール華僑の後ろには韓国人団体がいた。クリクリパーマのおばさまたちで分かる(笑)
私たちはこのショーの途中で夜景クルーズがあったので途中で退席するから、会場の一番末席にされたと思ったが、オジサマの言うようにそうなの?
 

観光の最後は、貸し切りの船でドナウ川夜景クルーズ。
多少寒かったけど、天気も良くライトアップされたきれいな夜景にみな感動。
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くさり橋。奥には王宮が見えます。クルーズ船からは夜景を撮ろうとしてもぶれるので途中であきらめました。
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国会議事堂。
 

最後の夜は感動で終わった。
師匠は、ウイーンで「ハンガリーにいかないで、その分ウィーンにいたい」と言っていたけど、「ブダペスト来てよかった~」と言っていた。
 
 
ブダペストは、13年前に来た時は仕事が滅茶苦茶忙しくて転職する前に無理矢理来たところだったので、
記憶が曖昧。プラハブダペストがどちらも丘の上に王宮があって、
ドナウ川があって、ということでイメージがかぶっていた。
プラハのほうが観光客が多くて狭苦しい。
小さな路地やきれいな建物が多く、「千の塔の街」という称号にふさわしい街。
ブダペストは「ドナウの真珠」と呼ばれ、ドナウ川の川幅が広くて、
それぞれの建物が大きくて、ライトアップも大々的な感じ。
観光客がプラハより少なくて、王宮の丘もゆったりしていたのが良かったかも。
雨と寒さでプラハの印象が悪いのかな?
 
 
今回の旅行中に街だけでなく郊外も行ったけど、
ハンガリーの田舎の農家はまだ生活が苦しいのか外壁が壊れてもなおしていないし、屋根も傷んだまま。
ドイツやチェコの郊外の家はお花が飾ってあったりかわいいお家が多かったので違うと思った。
街の中も巨大な団地があって、現地ガイドさん(ブダペストハンガリー人の女性)が
社会主義時代の団地」と言っていたものは外壁が一部剥がれたままになっているものも多かった。
巨大な歴史的建造物はきれいに修復されライトアップされる一方で、
庶民の家の修復は後回しな感じが否め無い。
 
 
最後に、ブダペストからミュンヘン経由で成田に戻ったのだけど・・・
ルフトハンザ航空に乗ったら、私たちの座席がたまたま非常口の隣。
CAさんに「英語かドイツ語が分かるか?」と聞かれ、私は思わず「NO!」
他のご夫婦は聞き取れずキョトンとしてるくらいだった。
添乗員さんがあわてて来てくれて(というのも、並び席でなかったのをツアーの参加者の中でやりくりしてやっと並び席にしてくれたから。)
「この席はルフトハンザが指定したものでしょ?」とか「彼らは全員ハネムーナーなの」とか言ってたけど
(それはさすがに無理でしょ・・・)
結局他の席の乗客と席を変えることになりました。
 
まあ、非常口を使うような事故は起きなかったのですが、
師匠は「YES」と答えていたけど、さすがに私は万一に備えるとYESとは言えなかったなあ~。
CAさんの指示に従って非常口を開けて脱出を手伝うなんて緊急事態に英語は理解できない。
はあ。
 
こんな感じで中欧の旅はおしまい。
本当はドレスデンプラハブダペストもゆっくり観光したいけど、
効率と費用対効果を考えるとツアーは利用価値大ですよね。
ツアーで回って良かったところを今度は個人でゆっくりする、というのもいいし。
行ってみたい国はまだまだ多いし、もう一度行ってみたいところもたくさん。
これからも元気に働いて節約して旅行したいと思います。