しゃおれんの旅日記

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おまかせ中欧10日間 その2 ドイツ編

おまかせ中欧10日間の旅 その2 ドイツ編
 
まず、スタートはベルリンから。
ルフトハンザでミュンヘン乗り換えでベルリン入り。
ホテルはクーダム通りすぐのNHベルリンクアフュルステンダム。
ホテルのそばには朝7時から夜12時まで開いてるスーパーもあり、
朝食も野菜ジュースやシリアル類が充実していたりと、
ラグジュアリー感はないけどとってもいいホテルでした。
 
観光はドキュメンテーションセンターの展望台に登ることから。
1961年から1989年11月まで東西ベルリンを隔てていた「ベルリンの壁」。
大学で歴史学を学んでた歴ヲタの私は
当時のベルリンの壁崩壊のニュースを同級生たちとドキドキしながら見ていました。
(あ、年代バレちゃうわ)
今回見学したところの壁は、
東ドイツ側と西ドイツ側の2重になっていて間に監視塔がある部分を保存してあるところ。
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当時兵士に監視されながら壁を作っていた労働者の写真が展望台のところに飾ってありました。

東側から西側へ亡命しようとする人が多いため壁を作り、
壁を越えようとする人はほとんど成功せず殺されてしまったと。
成功した方法としては、地下を人力で掘り進めて壁を越えるとか、
川をもぐって越えるとか現地ガイドさんが言っていた。
現地ガイドさんは壁の崩壊前からドイツのミュンヘンに住んでいたそうですが(なぜかは誰も聞かず)、
65歳以上の高齢者で西ドイツの親類に会う場合に限り数日の出国許可が下りるとかで、
夜行列車で東ドイツからミュンヘンに来た家族の再会シーンは
何度見てももらい泣きしそうになると言っていたっけ。
(当然ながら帰国の便では、また涙の別れのシーンあり。
戻らないと東ドイツに残した家族がひどいめにあうので戻らないわけにはいかないそうです)
 
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現在壁は、絵などを描いてあえて保存してあるところ以外は
モニュメントや点線などでかつての壁の位置を分かるようにしてあるだけだそうです。
前回ベルリンに来たときはまだ統一されて10年たっていなくて
街のあちこちが工事中だったイメージだったけれど、今も旧東ベルリン側は工事中のところが多かったです。

 
お次はペルガモン博物館
トルコのペルガモンの「ゼウスの祭壇」(BC2C)
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古代ローマの「ミレトス市場の門」(BC165年)
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古代バビロニアの「イシュタル門」(BC6C前半)
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など大迫力。
他にもアッシリアやシュメールなどワクワクするような名前の遺跡からの出土品があるのに、ツアーのため自由見学時間はわずか30分。くぅ~(涙)
前回は、このイシュタル門を見るために来て、この前の部屋のライオンの壁が続く部屋を古代の外国使節のつもりで一人行進するという妄想をしてたのに(笑)
 
 
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ブランデンブルグ門の前で写真撮影。
前はいなかった「一緒に記念撮影すると2ユーロとられる兵隊のコスプレした人たち」があちこちにいる。
ベルリンのシンボルとガイドさんは言っていたけど、
確かにベルリンのニュースってここをバックに撮るかも。
 
 
午後はポツダムに移動。
小一時間ほどのドライブ。
ガイドさんが昔の東ベルリンの生活ぶりや統一されてからの混乱ぶりなどを話してくれる。
ドイツは元々豊かな国だったらしいが、統一後旧東ドイツ地域のインフラ整備や
経済格差を埋めるために財政が悪くなってしまったそうだ。

東西ドイツに分かれたのは第二次大戦後の米ソの対立によるものだけど、
同じ民族でほんの数メートル離れた場所に生まれただけで
精神的な自由とか経済的な豊かさとかが違ってしまうのは悲しいことだと思った。
人は生まれる国を選べないだけに。
南北朝鮮は統一できないだろうなあとか、
アラブ諸国の内戦とか(これは民族分断と違うけれど)、
自分は遊びに来ているから余計に神妙になりました。
 
 
ポツダムではまず、ツェツィリエンホフ宮殿を見学。
 
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イギリスのチューダー様式の建物ということで宮殿には見えないけれど、
これは20c初頭にヴィルヘルム2世が皇太子ご家族のための離宮として建てられたものだそうです。
ここが有名なのは、ここがポツダム会談の場だったから。
ガイドさんの説明を聞きながら室内にあるパネルなども見つつ見学。
 
 
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ポツダム会談はドイツの戦後処理とその後の日本に対する方針を話し合う場。
その会議中に原爆完成の報告が極秘にトルーマン大統領に告げられたとか。
歴史の現場だと思うとともに、なんとも言えない複雑な気持ちになりました。
この会談は、ソ連軍が主催したとかで
ルーズベルトは会議の直前に急死してしまうし、チャーチルは選挙のため帰国し更迭されてアトリーに変わるし)、他の国の首脳の好みに合うように現在見る家具はそのとき会議用に他の宮殿から集められたものだと言っていた。
 
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ここの屋根裏の窓はなんだか目のようで、顔みたい。(写真左側)
この後、こんな風な目のある家が多くてちょっと気持ち悪い。
 
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サンスーシ宮殿では、宮殿に入らず庭園だけを見学。
階段状の庭がいい感じ。
おもしろかったのはフリードリッヒ大王の墓石。
 
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この王様はドイツにジャガイモを普及させた王様で、
その感謝を込めて訪れた人がじゃがいもをお供えしていくとか。
じゃがいもは寒いドイツで栽培するのに適していて、ドイツ人の主食だとガイドさん談。
確かに毎食ジャガイモのゆでたものと千キャベツの酢漬けはでてきて正直うんざり。
 

ポツダムはベルリンの隣の市で、人口は少ないけれど落ち着いていて
最近ではポツダムに住んでベルリンに通う人もいるとか。
去年のスペイン旅行と違い、ドイツは森と湖が多く、
民家の窓辺にはゼラニウムなどの花が咲き乱れてて、童話の世界のよう。
暑かった日本から来たので、最高気温が20度前後の気候が寒いくらいで
(そんなドイツも最近は夏は30度を超えるそうだ)、とっても快適な旅行を楽しんでる。
 

さて、べルリンを出発して次は
マイセン経由でドレスデンへ。
マイセンの磁器工房を見学。
マイセンはザクセン選定侯アウグスト強王が、中国や日本の磁器にはまりすぎて輸入超過だったので
自国でも作れないかと錬金術師に研究させて作り出したヨーロッパで最初の磁器。
(それまで、薄い磁器を作る技術がヨーロッパにはなかった。ぼってりとした陶器のみ)
旅行前に「マイセンへの道」という本までを読んでいた私たち。
師匠は「いいのがあったら買う」とまで意気込んでいたのに、
あまりに素敵すぎるお値段と時間の無さ(お買い物時間20分しかない)に私たちは買わなかったけど、
けっこう同じツアーのみなさまがご購入していたのでびっくり。
アウトレットのものでも相当高かった~。普段使いには無理。
 
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工房の見学は30分ほどかけて各行程を実演を見ながら進んでいく。
絵付けも造形もすごかった。職人さんたちは、入社(?)してから、選別されて
修行を終えて晴れて職人さんになれる人はごく一部だと言っていた。
併設の美術館は、ほんと芸術品ばかりでした。
もっと時間が欲しかったなあ~。
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ドレスデンに着いたらまずお昼。
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ザウワーブラーテンという酢漬けの牛肉の煮込み。ここでも酸っぱいキャベツが出てきて、正直つらい。
ソウルで毎食キムチ出てきても平気なのに、このザワークラウトはつらいな・・・・
 
 
ここでも現地ガイドさんは現地在住の日本人の方。
旧市街の入り口の広場で待ち合わせ。

広場の周りには大きな建物が並ぶ。どれも古そう・・・
と、確かドレスデンって第二次大戦で壊滅的な被害を受けたはず。
これらの建物爆撃で崩れた後、また再建したものだけれど、
砂岩にふくまれる鉄分が参加して黒くなってしまうそうで、今は白い部分もいずれは黒くなっていくのだそう。
ピサの白亜の大聖堂など見た人からしたら、どうしちゃったの?と思うほどの黒さ。
ドレスデンには砂岩しかとれないのかしら。
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時計台のあるドレスデン城、
 
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正面玄関の上の装飾が素敵なゼンパーオーパー(ドレスデン国立歌劇場)などの
説明を聞いてから、ブリュールのテラスというエルベ川沿いの道に上がる。
今年5月頃ドイツや中央諸国は洪水にあったそうで、
ここドレスデンでも相当水位が上がり大変だったと言っていた。
高低差が少ないので川が増水するとじわじわとあふれてなかなか引かないとのこと。
 
 
ブリュールのテラスを降りてフラウエン教会へ。(写真真ん中の大きなドームのある教会)
 
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ここも爆撃で廃墟になったけれど、
市民の呼びかけに世界中から寄付金が集まり寄付金だけで再建したそうです。
(と言っても再建が終わったのは2005年。多分これから黒くなっていくでしょう)
ドームの上にある十字架はイギリス人から送られ(制作した人の父親がドイツ爆撃に参加した兵士だったらしい)、ドレスデンではそれを受け取り和解の印となっているとガイドさんが言っていた。
原爆ドーム負の遺産として世界遺産登録しようとしたときに
決議に反対した米国や保留した中国を思いだし、いい話だなあとしみじみ。
 

あ、世界遺産といえば、ドレスデンエルベ渓谷はかつて世界遺産に登録されていたのですが、
エルベ川に住民の利便のために橋を建てたので、世界遺産登録を抹消されてしまったのだそうです。
世界遺産登録を抹消されたからといって街の価値が下がるわけではないけれど。
 
 
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「君主の行列」は、歴代のザクセン王の君主たちをマイセン磁器の上に焼き付けたもの。
ドレスデン城の外壁にあります。
時代が下るにつれて服装が替わるのと、最盛期の時は衣装が派手になるのが良いねぇ。
これはマイセン磁器で作られていたので爆撃の高温にも耐えたとか。マイセン磁器すごい。 
 

最後にツヴィンガー宮殿の「アルテマイスター(絵画館)」を見学。
ここはけっこう楽しみにしていたところ。
入ってすぐにラファエロの「システィーナのマドンナ」に会えます。このマドンナはかわいいから好き。
 
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この絵の下のところにいる天使が日本では有名ですよね。
この天使たちは、背景の聖母子たちとは違う次元にいて、
画面と私たち見ている人をつなぐ役割とガイドさん談。
よく見ると背景の雲の中にに天使の顔がたくさんあってちょっと怖いようにも見える・・・
他にもジョルジョーネとテッツィアーノという二大巨匠の「眠れるヴィーナス」や、
レンブラントフェルメールなど日本でも有名な作品がたくさん。
なのに、ここでの見学は1時間!
図録を買ったら、スルバランの「聖アグネス」がいたと知って見逃したことにガッカリ。
短すぎる!!
絵画館だけで、アウグスト強王の陶磁器のコレクションは割愛されたし、
大聖堂はどこも「日曜で礼拝をしているから」と入場できなかったし、
ドレスデンに2時間半の見学時間は短すぎる!!(くどい?)
 
9月末に総選挙を控えているドイツでは、選挙ポスターをあちこちで見かけたけれど、
日本と違って街宣車などでの音出しは皆無。
私たちが行った日にドレスデンにはメルケル首相が来ることになっていたらしいが、
ガイドさんに聞くまでは分からず。
日本だったら「◎◎首相来たる!」なんて捨て看板があちこちに建てられてうるさいほどなのに。

こうして、駆け足のドイツ観光は終わりドレスデンからバスで3時間弱のチェコプラハに向けて移動です。
ドイツは雰囲気が良かったし、現地ガイドさんの説明が丁寧で良くて、
東西分断とか冷戦とか、今では昔話みたいなことについても考えることができて良かった。
なんだろう、去年スペインの現地在住ガイドさんはラテン系な芸術家くずれみたいな感じだったけど、
ドイツ在住の日本人の人はまじめな人が多いのかしらん?